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身体的欲求が最初の身振りを引き出し、情念が最初の声を引き出した。情念は人と人を引き付ける。最初の声を引き出させるのは、飢えでも、乾きでもなく、愛であり、憎しみであり、憐れみ。レヴィ=ストロースより引用
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2025/01/22 (Wed)

9/2FFオンリー配布のペーパーSSです。
現代大学生パロです。ご注意下さい。
今回のSSはサント○―様がとんでもないBL投下していったので…。 金
麦BLです、よ!!
【ベランダの金麦】 http://www.suntory.co.jp/beer/kinmugi/ad/menu10.html
短いですがお楽しみ頂けましたら幸いです。
スパークにはこれの続きのK3エロ本が出る…出したい…です(遠い目)


 
 

七色シューティングスター




 外気の熱もようやく落ち着いてきた夏の夜。
それでも窓を開けて過ごすほどには涼しくはなく、トレイは部屋に着くなりエアコンの電源を入れた。今日は家庭教師のバイトの日だった。生徒の家から帰ってくると、大抵いつも二十二時を過ぎていた。食事は帰り道の途中ですでに済ませた。駅から部屋まで歩いてきたために、汗で張り付いたTシャツが気持ち悪かった。昼間の熱気が部屋にまだ残っている。シャワーを浴びている間にいくらか冷えるだろうと、トレイはタオルを掴んでバスルームに向かった。


* * *


 部屋にはトレイ以外いない。誰かの目を気にすることもない。腰にタオルを巻いたままの姿で、トレイは冷蔵庫を開けた。冷蔵庫の中身はそれほど多くなかった。目立つのはミネラルウォーターのペットボトルが数本と、缶ビール。風呂上がりで、汗をかいた身体には水が一番いいのはわかっていたが、自然と缶ビールに手が伸びた。特に理由があるわけではない。気まぐれだ。
 もともとトレイは一人で部屋飲みをするタイプではない。仲間と飲みに出かけた時、付き合い程度に飲むぐらいだ。無茶な飲み方もしない。この缶ビールもトレイが買ったものではなく、この間キングが部屋に遊びに来た時に持ち込んだものだ。数本残っていたのでそのまま冷蔵庫に入れておいた。またキングが遊びに来た時に飲むのだろうと、トレイは手を出していなかった。
 しかし別に誰が飲んでも構わないものであるし、どうせ部屋に来る時、キングは新しいビールを下げてくるのだろう。遠慮することはない。
 プルタブを引き上げるとプシ、と音がした。口をつけると、乾いていた喉に炭酸が染みる。窓辺に立つと月が見えた。だが街灯りが明るすぎて、薄灰色の空にただ月が浮いている、というだけだ。窓からは面白いものなど、何も見えなかった。トレイは半分ほどビールを喉に流し込むと、缶をローテーブルに置いた。 
「……さむ」
 さすがに濡れた身体に直接エアコンの風は冷えたのか、トレイは寝間着用のTシャツに手を伸ばした。


* * *

 
 もう寝ようか、と思っていたところに不意に机の上のCOMMが鳴った。送信元は、キングだった。
「キング? どうしたのですか、急に電話してきて」
 もうすぐ日付を跨ごうという時間だ。緊急の用事なのかもしれない。隣人のことも気にして、トレイは小声で話す。
『お前の声が聞きたかった』
「え……?」
 キングの答えは予想外のことで、トレイはとっさに返事が出来なかった。
『黙るな、何か話せよ』
「そう、言われましても」
 口では困っているという態度をしていても、内心トレイは嬉しかった。
 普段でも、特別会おうと約束していたわけではない。それでも講義がある日ならば、トレイとキングは三日と開けずに顔を合わせていた。だが夏季休暇に入るとお互いバイトだ、論文だと忙しくてほとんど会えなかった。キングに会えなくて、少しばかり寂しい思いをしていたのは事実だ。同じ気持ちをキングも感じていてくれたのなら、嬉しい。
『見えるか? 今日は月が綺麗だぞ』
「あなた、今どこにいるのですか?」
『ベランダ』
 COMM越しに喉が鳴る音が聞こえる。おそらく、キングも缶ビールでも飲んでいるのだろう。そういえばすいぶん声が上機嫌だ。
「酔っているのですか?」
『酔ってない。いいからお前も外に出てみろ、同じ月が見えるだろ』
「同じ月なのは当たり前ですよ。……ちょっと、待ってください」 
 酔っ払いに酔っているのかと聞いても、まともな答えなど返ってくるわけがない。
 カララ、とベランダに通じる引き戸をトレイは開けた。エアコンの涼しい空気が逃げないよう、すぐに閉める。
ベランダの柵に寄りかかり空を見上げると、なるほど月が出ていた。だがそれは先程窓越しに見た月と、寸分変わらない。けれど、何故だろう。何も変わらないはずなのに、確かにキングが言うように、空に浮かぶ月は綺麗だった。
「たしかに。今夜の月は綺麗ですね……あっ」
『トレイ?』
「いえ、なんでもありません」
 かぁ、と耳まで熱くなるのがわかる。胸が急に早鐘を打ちだした。COMM越しにもキングに気付かれてしまうのではないだろうか。トレイは部屋から持ってきた缶に慌てて口をつけて、残りの温くなったビールを喉に流し込んだ。こんな時に思い出すなんて、自分はいったい何を考えているのだろう。
 前期の講義で、夏目漱石を取り扱った時の話だ。漱石が英語教師をしていた時、生徒が“I love you”という英語を「あなたを愛しています」と訳した所、漱石は「日本人が『愛しています』だなんて言うものか。『月が綺麗ですね』とでも訳しておけ」と言ったという。ただ、漱石自身がこの言葉を何かに著したわけではなく、ほとんど都市伝説の域を出ないものだ。それでも文学をかじっているものならば、一度は聞いたことがある逸話だろう。
おそらく、キングは漱石を知らないで言っているのだろう。深読みしすぎだ。偶然だ。何を一人で赤くなっているのだろう。頬が熱いのは、胸が高鳴るのは、けして酒のせいではない。そもそも缶ビール一本で酔うはずなどない。 
『トレイ? どうした?』
 何度かキングから名を呼ばれているのに気付いていたが、返事など出来なかった。
 ―――会いたい。
 連絡を取ってしまったら、気持ちに歯止めがかからなくなりそうだった。だから電話も、メールもしなかったのだと思う。お互いに。
『……会いたいな』
「え?」
 考えていたことを読まれたかのようにキングから会いたいと言われて、トレイの胸がどきりとさらに大きく鳴った。
『今すぐトレイに会いたい。行ってもいいか?』
「ちょっと……。今からですか?」
『駄目か?』
 キングの部屋からならば、トレイの部屋までバイクで十五分かからないだろう。それでも。
「……駄目ですよ。今、何時だと思っているのです。周りの迷惑になりますから、いけません」
『トレイ……』
 不服そうなキングの声がCOMM越しに聞こえる。だが会いたいのは、トレイも同じだ。クス、と苦笑してトレイはCOMMを持ち直した。
「キング、明日は空いていますか?」
『あ? ああ』
「私も、明日は一日空いているのです。もしあなたさえよろしければ、私があなたの部屋に行きますよ」
『お前が?』
 驚いたのか、キングはトレイに聞き返した。普段は大抵、キングがトレイの部屋に来ることの方が多い。特別理由があってのことではないが、おそらくキングの方がトレイよりもマメだからだ。たまにはトレイがキングの部屋に行ってもいいだろう。
「……いけませんか?」
『いや、構わない。待っている』
 COMM越しに、フッと笑うキングの気配を感じた。いつまでもキングの声を聞いていたかったが、いいかげんにしないと約束したのにキングの部屋に行けなくなる。
「ふふ。それじゃあ、おやすみなさい。また行く時メールしますから」
『あぁ。おやすみ』
 プツと通信が切れた。静かになったCOMMを見つめながら、トレイは思う。もしかしたら、明日キングと会ったら一線を越えてしまうかもしれない。キングがトレイと同じ気持ちだとしたら、それは予感から現実になるだろう。  

 一夏の過ち。
 それでもいいと思った。
 恋人だとか、決まった関係を望んではいない。
 ただ傍にいて、声を聞いていたい。
 二人で、月を眺めて、夜を明かしてみたい。
 一度くらい、そんな夜があってもいい。
 
 空になった缶を握る。遠くでバイクが街を走る音が聞こえた。
 中天を過ぎた月を見上げると、ひんやりとした夜風がトレイの頬を撫でていった。



【終】
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2012/09/03 (Mon) FF零式 Comment(0)
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