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身体的欲求が最初の身振りを引き出し、情念が最初の声を引き出した。情念は人と人を引き付ける。最初の声を引き出させるのは、飢えでも、乾きでもなく、愛であり、憎しみであり、憐れみ。レヴィ=ストロースより引用
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2025/02/02 (Sun)
7/22 F~novum~WEST Ⅳ 配布のペーパーSS
キング×トレイ
傘さすことのよろこび


 しとしとと音を立てて、雨が石畳を濡らしていた。
昼過ぎから降り出した雨は、夕方になっても降りやまない。雨宿りがてらクリスタリウムで本を読んでいたが、それも飽きた。試験期間中やレポート作成ならまだしも、何もない今の時期は利用する候補生の人数も少ない。一人、また一人とクリスタリウムから去って行き、あたりには自分と熱心に資料を探す文官の姿しかなかった。ちらりと司書の男と目があう。暗に早く出て行けと言っているのだ。特別作戦中ならば常に人が出入りするため閉館時間などありはしないが、さすがに今日は定刻通り閉館したいようだ。重要文献も多数保管しているため、管理にはうるさいのだ。ふぅ、と溜息をついて、手にしていた本を閉じ立ち上がった。さして興味もなかったが、適当に選んだ数冊の魔導書を司書のいる受付まで持っていく。おそらく読まずにまたここに返しに来るのだろう。
事務的な手続きを終えると、トレイはクリスタリウムを後にした。

* * *

 魔導院のエントランスの大窓から、外の様子を窺う。
 雨の音を聞きながら本を読むのは嫌いじゃない。むしろ落ち着く、好ましい音だ。だがそれは建物の中にいる時だけであって、自ら好んで濡れるのは好きではなかった。任務の時は身体も冷える。視界も悪くなる。武器や魔法も属性によっては、効果が十分に発揮されない場合も多い。それに第一、髪がほうぼうにはねてしまうではないか。何事にもきちりとしていなければ気が済まない自分としては、髪が決まらなくてもその日一日の気分に影響が出る。男のくせに何を言っているのかと思われそうだが、これは重要なことだ。気分一つで成果などいくらでも変わるのだ。ならば気にするのは当然だろう。
「それにしても、困りましたね」
 時刻は夕方五時を回った。今の時間、自由に候補生が使用できるのはサロンやリフレ、教室ぐらいだ。行けば0組の誰かに会うことは出来るだろうが、誰かに会いたいわけではなかった。どんなに魔法が得意でも、雨の中自分だけが濡れずに移動できる魔法という都合のいいものなどない事を知っている。ならばいっそ、このままエントランスでもうしばらく過ごすのもいい。バタン、とエントランスに響く大きな音を立てて扉が開くと、雨の匂いとともに濡れた候補生が飛び込んでくる。壁に寄りかかりながら、何をするわけでもなく、目を閉じて、ただ雨の音を聞いていた。

* * *

「おい、トレイ。ここで何している」
 エントランスにいたトレイに声をかけたのはキングだった。
「いえ、雨が降っているので」
 何?とでも言うようにキングは眉をひそめた。確かに雨は降っているが、小雨みたいなものだった。候補生の寮まで走れば五分とかからないだろう。それなのにトレイは何をしているのか。濡れたらシャワーを浴びればいい。替えの制服も数着ずつ支給されているはずだ。
 いぶかしむ様な見るキングにトレイはくすりと笑った。
「だって。濡れてしまうじゃないですか、本が。私が濡れるのは構いませんが、さすがに借りてきた本が濡れるのは、ねぇ」
「こんな日に借りるお前が悪い。袋は?傘は持ってないのか」
「あいにく何も」
 両手を広げて、役に立つものは何も持っていないことを証明する。
「降るって予報で言ったじゃないか……。仕方ないな、少し待っていろ」
「あ、ちょっと」
 トレイが引きとめるよりも先に、キングは大魔法陣の中に姿を消した。

* * *
 
 しばらくするとキングが大魔法陣から出てきた。手にはいったいどこから借りてきたのか、大ぶりの傘が一本。
「一本?」
「三冊も抱えていたら、傘なんて差せないだろう」
キングは扉を押した。季節は夏だ。雨といっても空はそれほど暗くはなっていない。噴水前では女子候補生達の色取り取りの傘が花開いていた。その間を擦り抜けるように走る男子候補生の姿もある。ばさりと音を立ててキングが傘を広げた。
「トレイ」
 傘の中に入れと言っているのだ。確かにその傘は0組でも大柄な方のキングとトレイが二人で入っても、十分なほど大きいものではあった。だがこんな姿を誰かに見られたらと思うと、恥ずかしくて仕方ない。男同士で一つの傘になんて。
先を行くキングが、階段の上で戸惑うトレイを見上げた。
「早くしろ」
ぐい、と空いている方の手でトレイの腕を引き、キングはトレイを傘の中に引き込んだ。驚いて変な声が出そうになるが、ここでジタバタしたら余計雨に濡れてしまう。トレイが大人しくなると、キングは寮に向けて石畳を踏んだ。
「気にしなくても、顔など見えん」
 傘を差して歩くものは皆足早だ。誰も人の事など見ていなかった。トレイはほっとしながら、足元の水たまりを大股で飛び越えた。
「そういえば……。どうしてあなた、あそこにいたのです」
 今日は座学の講義があったが、それも三時間ほど前に終わっていたはずだ。講義が終わればそれぞれ、闘技場で己を鍛える者、リフレで息抜きをする者、自分のようにクリスタリウムに向かう者など様々だった。
「隊長に呼び止められてな。講義の資料の準備を手伝っていた。頼まれたのはセブンだったんだが、いつもあいつばかり押し付けられているだろう。セブンも嫌がってはないが、まぁ二人でやった方が仕事は早いしな」
「そうでしたか」
 キングらしいと言えば、らしいのかもしれない。セブン同様0組の最年長組として、よく教室の様子を見ているということか。

ぽつ、ぽつ、ぽつ。
ぱらら、ぱら、ぱら。

 寮までの道程の間、言葉は少ない。だが、その沈黙が苦痛ではなかった。時折ぱらぱらと傘の表面を弾くように大粒の雨が降る以外は、静かだ。魔導院であることを忘れてしまうような、穏やかな空間。傘のせいで視界が遮られていたからかもしれない。
 魔導院から候補生の寮まで、ゆっくり歩いても十分程度だ。寮の屋根が見えてきたころ、あっと短く声をあげてトレイは立ち止まった。
「魔導院にはたしか寮直通の魔法陣がありましたよね」
「そういえば、そうだな」
 周りを見渡せば、寮に戻る候補生の数が思った以上に少ない。おそらく魔法陣を利用したのだろう。緊急の用件がない限り魔法陣を使わずに歩けと教官達からは通達が来ていたが、そんなものを律儀に守る候補生の方が少なかった。
「まるで気がつかなかった」
「酔狂ですね、私たちも」
「でも、雨の中を歩くのは嫌いじゃない」
 元々、キングはそう口数が多い方ではない。トレイも話す必要がなければ黙っている。黙って傍に寄り添っていても、キングが苦痛を感じていなければいいと思っていた。雨は好きではないが、キングと一緒なら嫌ではない。
 嫌では、ない。
 トレイはすう、と深呼吸をした。

 雨の音。
 濡れた草木の匂い。
 遠くに感じる人の気配。
 隣を歩く男の息遣い。

「たまには、ね」
 傘さすことのよろこびを、あなたと。      



 【終】
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2012/07/26 (Thu) FF零式 Comment(0)
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