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身体的欲求が最初の身振りを引き出し、情念が最初の声を引き出した。情念は人と人を引き付ける。最初の声を引き出させるのは、飢えでも、乾きでもなく、愛であり、憎しみであり、憐れみ。レヴィ=ストロースより引用
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2025/02/02 (Sun)
『おかしのしろ、まわたのおり』より抜粋。 嫉妬シンクちゃん。トレシン可愛い。

ミルクティー



 座学が終わり、お決まりのようにケイトと、デュース、そしてわたしはリフレにやってきた。魔方陣を抜けると、中央にオープンキッチンに面したカウンター、左手と右手にテーブルセットが並ぶ。各教室の座学が終わる時間に重なったのか、リフレは候補生や訓練生で混みあっていた。ケイトは左手の入り口際に席を見つけると、早々に座った。
「皆さん何にしますか」
「アタシいつもの!」
「わたしも~」
 わかりました、とデュースがカウンターに向かった。いつもの、といえばそれはミルクティーに決まっていた。ミルクたっぷりの、甘い甘いミルクティー。いかにも女の子の飲み物だ。可愛い飲み物は、幸せな気持ちにしてくれる。それはいつの時代も、どんな子に対しても変わらない。甘いミルクティーには、可愛くなれる、優しくなれる、幸せになれる魔法がたっぷりかかっている。
「お待たせしましたぁ」
 デュースがトレイに載せてきたミルクティーは、カフェオレボウルのような少し大きめなカップにたっぷり入っていた。リフレで長居をする女の子たちに対する、店長からのサービスだ。カップには可愛い小花模様や小鳥が描かれている。殺伐とした毎日の中では些細な気遣いも嬉しい。魔導院の中は伝統や格式を感じさせる豪奢な装飾であふれていたが、本当ならもっと可愛らしいデザインの方が好きなのは魔導院で生活をする少女達万人の思いだ。
「ほっこりするぅ~」
 ふにゃあ~とゆるんだ声が出そうになるほど、ミルクティーは温かくて美味しかった。取り留めのないおしゃべりをしていると、ちょうどカウンターの奥にあるボックス席に見知った顔を見つけた。
(あれ、キングとジャックだ。それとトレイも、いる……?)
 一番奥まった席にいる彼らは、0組の証である朱いマントを羽織っている。授業はもちろん、外局にいるころからずっと一緒にいる間柄だ。後姿であっても見間違えるわけはない。それなのに。
(誰だろう……。シンク、知らない)
 二、三のテーブルを挟んだ先にいる見なれた彼らは、シンクの知らない彼らだった。知っているけれど、知らない。少し高い声はジャックのものだろう。声こそ聞こえるが、何を話しているかまではよくわからない。キングも元々落ち着いてはいるが、シンクが知っているよりずっと落ち着いていた。トレイはいつもの小難しいおしゃべりは封印しているようだった。キングとジャック、そしてトレイの向かいには同じように三人の女子候補生たちが座っており、きゃあきゃあと会話が弾んでいた。
(キング~、セブンに言っちゃうよぉ~?)
 女子候補生たちは全員橙色のマントを羽織っていたから、おそらく四組だろう。回復担当のクラスで、男子が少ない。可愛い女の子が多いと有名なクラスだ。
 魔導院の候補生や訓練生の総数なんて、知らない。それこそ数が多すぎるからだ。魔導院での生活も数カ月が過ぎ、0組以外の候補生から話しかけられることも多くなってきた。その中で話しかけてくるのはどこの組の誰か、ということぐらい把握していた。
 けれど。
(仲良さそうに話してるけど、あの子たち、シンクは知らないなぁ。誰だろう)
 トレイの隣に座っている女子候補生は同年代にしてはセクシーに見えた。朱雀ではあまり見ないブルネットの髪が印象的な美人だった。他の女の子たちも0組だから、という興味本位で恐る恐る近づいてきた様子ではなく、随分と親しげだった。
 不躾な眼差しを送っていると、ようやくトレイがわたしに気付いた。ふ、と目が合う。だがそれを表情に表すことなく、トレイは隣の女子候補生に何か耳打ちすると、くすくすと笑っていた。
「う~~~」
「シンク、どうしたの。顔怖いよ」
「えっ」
「眉間にしわ、しわ!」
 自然と不貞腐れたような顔になっていたのか、ケイトに指摘される。
「あまり進んでいませんね、どうかされたのですか」
 中身がほとんど減っていないカップを見て、デュースもわたしに聞いてきた。
 どうやらケイトもデュースも彼らには気づいていない様子だった。ならば特別騒ぎ立てる必要もないだろう。
「なんでもないなんでもないっ!そろそろいこっかぁ~」
 カップに残っていた冷めきったミルクティーを一気飲みすると、わたしは立ち上がった。


* * *


「はぁ~」
 ケイトとデュースと別れ寮の自室に戻ると、簡単な部屋着に着替える。制服をハンガーに吊るして部屋に備えられたクローゼットにしまうと、ぼふんと音を立てて身体をベッドに沈ませた。
 あんな子、知らない。トレイが0組以外と仲良くしている女の子がいるなんて知らない。それに、あんなトレイの顔なんて、知らない。見たことない。
「あんな顔、するんだなぁ……」
 わたしの知らないトレイなんて、いると思わなかった。いつもの微笑むような、はにかむような優しい顔じゃなくて、見たことのない男の人の顔だった。優しいだけじゃなくて、余裕を見せつけるような、とにかく知らない顔だった。
「ん~~~」
 抱き枕を抱えながら広いベッドの上を転がった。
 胸の中にある気持ちは、嫉妬というよりもむしろ驚きと好奇心だ。今まで散々一緒にいたトレイに、まだ知らない一面があったのか、と。見たことのないトレイに興味がわいた。それはきっとわたしが一緒だと、けして見ることは出来ないと思うから。
 トレイがかっこいいと気付いたのは、魔導院に来てからだ。今まで近すぎて全然考えたこともなかったけれど、たしかに他の候補生と比べて容姿が優れていると思う。背も高くて頭もよくて、とてもわたしに優しい。0組の子はもちろん、他の組の子にだって、トレイは優しいけれど、わたしには特別優しいのだ。諌められることはあっても、本気でトレイに怒られたことだってない。ちょっと愚痴っぽいのが玉に瑕だが、欠点のない人間なんてそうそういない。分からないことを質問すれば、トレイは一所懸命答えてくれる。トレイの言っていることは十分の一も分からないけれど、それでもその姿は嬉しいと思う。
 トレイが好きだ。トレイのことなら何だって知ってると思っていた。それなのに、魔導院に来てからトレイに対して驚くことばかりだった。知らないトレイ。本当はトレイのことなんて全然知らなかったのかもしれない。それとも魔導院という新しい環境に来て、トレイの新しい一面が表に出てきたからなのだろうか。わくわくするけれど、わたしの知らないトレイがどんどん独り歩きしていくようで、少しだけ、寂しい。
「あ、れ……?わたし、寂しいんだ……?」
 自分の頭によぎった感情に驚く。
 寂しい?
 わたしが?
 トレイがそこにいるのに?
「あぁ~もう、わかんないよぉ~っ!」
 コン、コン、コン。
 ごろごろとベッドを転がっていると、ドアをノックする音がした。いつもの0組の女子ならば、ノックして返事を待たずに部屋に入ってくるはずだ。だが、ドアは一向に開く気配がない。そうっとドアに近づくと、聞き覚えのある声がドアの外側からした。
「シンク、シンク。私です。トレイです。ドアを開けて下さい」
 トレイだ。一体何の用だろう。そもそも男子が女子寮に来るなんてありえない。守衛や寮長に見つかったらとんでもないことになる。それとも成績優秀で教官達からの信頼も厚いトレイならば、忘れ物を届けに来たとでもいえばたとえ女子の部屋の前まで来られるのだろうか。
 いくつもの疑問が頭をよぎるけれど、そんなものはどうだってよかった。それよりも。そんなことよりも。
「シンクちゃんはぁ~、知らない人は部屋に入れないんですぅ~」
「何言っているんですか、ふざけていないで早く開けなさい!」
「ひゃん!」
 トレイの声が大きすぎる。騒がしければ人も来るだろう。トラブルはごめんだ。仕方なくドアを開けるとトレイがするりと入ってきた。
「はぁ、なんですか。まったく……。ばれたら大変なのですからね」
「それはこっちのセリフだよぉ。で、トレイな~に~?用があったからわざわざシンクちゃんの部屋まで来たんでしょ~?」
「う、そ、それはですね」
「早くしないと、言っちゃうよ~。寮長に」
 部屋には客用のテーブルセットなんて、気の利いたものはない。立ち話もなんなので、一先ずトレイをこの部屋に一客しかない椅子に座らせる。部屋に備えつけられている机とペアの椅子だ。さすがにベッドに座らせることはできないからわたしがベッドに座り、トレイと向い合せになる。
「トレイ~?」
 いつもの勢いはどうしたのだろう。普段なら黙れと言われるまでトレイの話は止まらないのに、今日は随分と慎重だ。なかなか口を開かないトレイ、を珍しいものを見るように眺める。
「あの、先ほどシンクたちはリフレにいたでしょう?それで、ちょっと、謝ろうと思いまして」
「謝る~?なんで~?」
「だって。あなた、すごく怖い顔をして見ていたじゃないですか。私を」
「えぇっ、そんな顔してたかなぁ~」
「していましたよ」
「全然、怒ってなんて、してなかったんだけどなぁ」
 ケイトとデュースには指摘されていたが、あんなに席の離れたところにいるトレイにもばれていたなんて思わなかった。わたしはそんなに顔に出るようなタイプなんだろうか。
「あの子たち、誰?」
「あぁ、ジャックの知り合いだそうですよ。『トレイとキング、暇ならお茶付き合ってよぉ~』って。まさか他の組の女子がいるとは思いませんでした。単に数合わせで呼ばれただけです。彼女たちも怖いもの知らずですね、0組の男子と話してみたいなどと言うなんて。それを受諾するジャックもジャックですが」
「ふ~ん。それにしてはトレイ、楽しそうだったけど」
「うっ。そ、それは私たちが不貞腐れた態度をとったら、彼女たちだっていい気はしないでしょう。もしかしたら次の作戦で行動を共にするかもしれないのに、仲良くならない方がいい理由なんてありませんよ」
 どことなく言い訳がましいトレイの言葉に、わたしはふふふ、と笑ってしまう。そんなつもりないのに、トレイをいじめている気分になる。
 トレイの隣にいた女の子を覚えている。艶やかなブルネットの髪の、わたしとは正反対なセクシーな女の子。
「トレイ、ああいう子が好きだったんだ?」
「だから、そうではないと、違うと言いに来たんです。私が好きなのは……、っ」
 あっ、と口を滑らせたトレイが反射的に口を押さえたがもう遅い。口から出た言葉は返ることはない。わたしはトレイが言いかけた言葉を聞き逃さなかった。いじめているつもりはないのだけれど。
「私が好きなのは~?」
「……」
「トレイ~?」
 椅子に座ったまま顔を赤らめてうつむくトレイの顔を、私はベッドから降りて、わざと足元から覗きこんだ。
「わ、私が好きなのは、あなたですよ、シンク……。あぁ、もう、こんな恥ずかしいこと、言わせないでください。好きな女の子の前では格好つけたいっていうのが、男というものなんですよ」
 あまりの恥ずかしさに両手で顔を押さえるトレイの頭を、わたしはよしよしと小さな子どもにするみたいに撫でてあげた。
 可愛いトレイ。優しいトレイやかっこいいトレイは知っていたけれど、トレイのことを可愛いと思ったのは初めてだ。今まで可愛いトレイなんて知らなかった。そして、この可愛いトレイを知っているのはたぶんわたしだけだ。
「好きです……」
「もう一回」
「好きです、シンク。あなたのことが」
 リフレで他の女の子達に格好つけていたトレイは今どこにもいない。それだけでわたしは十分満足だ。
 0組の子に見せるトレイの顔。
 0組以外の子に見せるトレイの顔。
 そして私にだけ見せてくれる、トレイの顔。
「ねぇ、トレイ。ミルクティー、いれて?」
「え?」
「お砂糖とミルクたっぷりの、甘い甘いミルクティー。入れてくれたら、許してあげる」
「それぐらい、お安いご用です」
 トレイは立ち上がって部屋の隅にある簡易キッチンへ向かった。寮の部屋のつくりはほぼ同じだから、初めてわたしの部屋に入ったトレイにも問題なく扱えるのだろう。茶葉やカップが置いてある場所は見れば分かるはずだ。トレイの後姿を眼の端に残して、わたしは抱き枕を抱えてべッドに飛び込む。
 これからも私の知らない一面をトレイは見せてくれるだろう。それは全部、私のもの。私にだけ見せてくれる、トレイの顔。

 可愛い飲み物は、幸せな気持ちにしてくれる。
 甘いミルクティーには、可愛くなれる、優しくなれる、幸せになれる魔法がたっぷりかかっている。
「んふふ~っ」
 ミルクティーの魔法を信じて、 私はお湯が沸くのを待った。



【終】
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2012/10/08 (Mon) FF零式 Comment(0)
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