忍者ブログ
身体的欲求が最初の身振りを引き出し、情念が最初の声を引き出した。情念は人と人を引き付ける。最初の声を引き出させるのは、飢えでも、乾きでもなく、愛であり、憎しみであり、憐れみ。レヴィ=ストロースより引用
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2025/02/03 (Mon)
エース×トレイ
タイトルは石鹸屋の『言えったら』より拝借。 恋未満。

言えったら



 猫という生き物は、一番居心地の良い場所をよく知っている生き物だ。
 たとえば暖かな陽だまりや、誰にも邪魔されない静かな庭といった場所だ。誰に教わるまでもなく自然と見つけて、己の指定席にする。0組の中でも、そういった場所をよく知っている人物が一人いた。
 0組の教室と墓地の間には、魔導院の建物に挟まれた小さな庭があった。張り出した島に建設された魔導院にしては珍しく、海風からも大陸から吹く風からも防いでくれる、静かな場所だった。墓地にはわざわざ0組の裏を通らずとも入ることができる正門がある。他組の者の出入りもめったなことではない、文字通り0組に与えられたプライベートテラスだった。日当たりのいい壁際にベンチが並び、いくつかのテーブルセットも備えられていて、座学の時間以外はたいがい0組の誰かしらがそこにいた。
 裏庭に流れているのは常に、穏やかな時間だけだ。訓練や作戦任務などに明け暮れている日々に、不釣り合いなほど。


* * * 


 座学の合間の昼休憩の時間である。
「おや」
 午後の柔らかな日差しの中、指定席である裏庭のベンチに彼はいた。エースだ。トレイはクリスタリウムで借りてきた本を小脇に抱えて裏庭にやってきた。この庭の中で一番落ち着くのはやはりベンチだろう。近づいてみると、どうやらエースは眠っているらしい。そういえば、エースはよくこのベンチで昼寝をすることが多かった気がする。彼の気に入りの場所なのだろう。そこは陽だまりの中にあり、程よく座面も温まっており、心地よかった。本を読むには眩しすぎるが、昼寝をするにはうってつけの場所だ。エースを起こさないように、トレイはそっと脇に腰を下ろした。
 陽の光を吸ったエースの髪は、艶やかで眩しく、いつも以上に美しい。眠っている表情は、魔導院一の美少女も裸足で逃げ出すほど愛らしいものだ。けして女々しい顔つきではないのだが、未だ男女の境界にいるような、妖しい魅力があるのは事実だ。エース本人は自身の顔にコンプレックスがあるのか、一言でもエースの耳に可愛いなどという言葉が入れば、目に見えて態度を変える。最近はカードを構えることはないにしても、不機嫌さを隠すようなことはしなかった。
「……人形のようですね」
 きめの細かい白肌は陶磁器人形を思わせた。だが頬には赤みがさしており、胸が上下に動く様子は彼が人形ではなく真実人間であることの証明だ。
 美しいのは見た目だけではない。テストの成績だって、エースに負けることはあっても、それはトレイ自身の努力が足りないせいである。エースの持つセンスや運も多分に影響しているだろうが、そのセンスや運でさえ実力のうちだ。負けて悔しければ、今以上に努力すればいいだけのこと。己を反省こそすれ、エースに対して恨みや妬みなど持ったこともない。エースは素直に尊敬できる、いい仲間であり、ライバルだった。見た目にしても、頭にしても、彼はスマートなのだ。
「ずいぶん、不躾だな」
「―――!」
 不意にエースが目を開き、トレイを見据えた。愛らしかった寝顔は何処へやら、エースはいぶかしむ様な視線をトレイに送っていた。
「し、失礼しました」
「あんまりじろじろ見てくるから、何かと思った。僕に用があるんじゃないのか」
「あぁ、いえ……」
 トレイにしては珍しく、言葉尻がにごった。 
 見惚れていたなんて、言えない。
 エースに、見惚れていたなんて。
「何だよ。言えよ」
「本当に何でもないんです」
 真実を言って、エースに不機嫌になられても困る。トレイは別にエースに不快な思いをさせたいわけではないのだから。 
「あの、いつから気付いていたんです」
「トレイが隣に座った時から。誰もいない裏庭で、椅子も隣のベンチも空いているのに、わざわざ僕の隣に座っただろう。何かあるんじゃないかって思わない方がおかしい」
「すみません……」
「いいよ。謝る言葉を聞きたいわけじゃない。もう教室に戻ろうと思っていたところだしな」
 そういえば、そろそろ午後の講義が始まる頃合いだ。教室に0組の面々が集まる時間だろう。トレイはベンチから立ち上がろうとすると、急にエースに腕を引かれた。寸でのところでベンチの座面に手のひらをつき、エースの上に倒れこむ事だけはトレイは回避した。
「危ないじゃないですか、何をするんです」
「言えよ」
「え」
「僕に見惚れていたんだろう。見惚れていたって言えよ、トレイ」
「な、何を言っているんです」
 かぁ、とトレイの頬が赤くなった。図星だからだ。しかし、だからといって口にすることなど出来るはずもない。
「言えったら、トレイ」
「悪ふざけは、止めて下さい」
 誰が来るともわからない裏庭で。エースに覆いかぶさるようなこの姿勢だって、誰かに見られたら恥ずかしい事この上ない。
 エースの手を振り払い、トレイはすっと立ち上がった。先に行きますとだけ伝えると、そそくさと裏庭を後にする。バタン、と裏庭と教室をつなぐ扉が開閉する大きな音がすると、あたりは先ほどと同じように静かになった。



「あいつ、自分で気づいてないのかな……。顔に出すぎなんだよ、トレイは」
 エースはトレイがベンチに置き忘れた本をぱらりと開きながら、くっと笑った。

【終】
PR
2012/05/05 (Sat) FF零式 Comment(0)
Name
Title
Text Color
URL
Comment
Password
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字