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身体的欲求が最初の身振りを引き出し、情念が最初の声を引き出した。情念は人と人を引き付ける。最初の声を引き出させるのは、飢えでも、乾きでもなく、愛であり、憎しみであり、憐れみ。レヴィ=ストロースより引用
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2024/04/23 (Tue)
 

 宗像さんと善条さんでしっぽり桜見ながら日本酒飲む話が読みたいです(希望かよ)善礼いいよぉ…!

 

桜酔闇



風の強い夜の事だった。
 嵐とまでいかないまでも、春先は激しい風が吹く事がままあった。その夜も風ががたがたと道場の戸を鳴らしていた。
善条は日課である居合の稽古をしていた。善条は深夜の道場利用を特別に許可されている。昼間は剣機が組に分かれて使用するため、自然と自由に使える時間は夜に限られていた。消灯時間を過ぎた道場は当然、善条しかいない。誰の気配もない。以前ならば若い隊員が顔を出していた事もあったが、それもない。神出鬼没な宗像室長の気配もない。
しかし。
 ぶん、と空気を震わせて下ろされる刀の音と、どうと吹く風の音に混じって、何か異質な音が混じるのを善条は感じた。刀を下ろし、耳をすませる。
「……む」
 風の音に混じり、聞こえる。子どもの叫び声。まさか。屯所の中に子どもなどいない。家族を持つ隊員の為の家族寮はあるが、それは屯所の敷地外にあった。開け放している道場の戸口を見つめるが、そこはぽっかりと闇が覗いているばかりだ。再び、どうと道場の中を抜けるように風が走る。その風の間に何かつんざく様な、子どもの声でなければもっと別の、鋭い口笛か、金属の鳴るような音が確かに混じるのを聞いた。
 何か、いる。
 人間ではない、何かが。
 善条は幽霊であるとか、物怪であるとか、そういったものは信じてはいない。だが己が感じるこの気配は、人間のものではない。青の王の領域である屯所の中に出入りできるものなど限られている。ならばはぐれストレインか、無法者の特異能力者かだろう。どちらにしろ招かれざる客であることは変わりない。警備の者は何をしているのかとも思ったが、担当を呼ぶよりも自分で様子を見に行った方が早い。万が一、相手が悪意ある者であれば、誰よりも迅速にそれを取り押さえる事が出来るのは、この屯所の中ではおそらく自分であろう。
 善条は刀を携えたまま、そろりと道場を出た。


* * *


 道場を出、外に出る。街灯の少ないグラウンドは闇に包まれていた。グラウンドの外周にはぽつりぽつりと薄暗い街灯が灯っており、その灯りが外周沿いに植えられた桜をぼんやりと浮かび上がらせていた。散った桜の花びらを踏みしめながら、善条は外周を歩いた。妖しい気配は一歩、また一歩と歩みを進めるほどに強くなる。その時。

 ヒョー、ヒョー。

 闇を裂くように、先程子供の声と勘違いした音が聞こえた。立ち止まり、辺りを見回してもそれらしいものは見当たらなかった。

 ヒョー、ヒョー。

 鳥か、獣か。何かの鳴き声なのだろうか。だが何の動物の鳴き声なのかはわからなかった。それにこの暗さだ。近くにいても見えないだろう。目を凝らし、もう一度あたりを見回すと、桜の木の下に何か人影の様なものが見えた。
人影?
先程も一度見たはずだが、その時は気付かなかった。その桜の木は、桜並木の中でもより太い木だった。ゆっくりと近づきながら、善条は太刀の柄に手をかけた。
「誰か」
 善条のよく通る声が響いたのと同時に、ざわりと桜が舞い散った。人影がゆるりと振り向く。
「――……」
おそらく物の怪であるとか、桜の精といったものが実在したならば、こんな容姿をしているに違いないと善条は思った。普段も白いが、いつにもまして青白い首筋。何かに取り憑かれた様な流し眼。美しかったが何処か恐ろしさを感じて、善条の喉はからからに乾いていた。その妖はただただじっと善条を見つめていた。その視線に耐えながら、やっとの思いで善条は口を開いた。
「……室長」
「善条さん」
 近づいてみれば、何のことはない。宗像礼司である。善条に声をかけられたと同時に、宗像を取り巻いていた妖しい雰囲気は消え去っていた。恐ろしいと感じたのも嘘だったかのように、見下ろす先にいる宗像はいつもと同じ様子だった。風呂上がりなのか、普段の隊服ではなく、着流し姿だった。
時刻は消灯時間をとうに過ぎていた。
「こんな夜更けに何をしていたのですか」
ならば出歩いている己はどうなのだと、言われてしまえばそれまでだが。問いかけた善条にくす、と笑い宗像は言った。
「それよりも……まずは柄を握りしめている手を放していただけますか、善条さん」


* * *


「これは、失礼」
 善条は宗像に指摘され、慌てて柄を握りしめていた右手を放した。手のひらは薄く汗をかいていた。
「いえ、桜がよく咲いたものですから、間近で見たいと思いましてね。……ふふ、あなたが来て下さってよかった」
「何がです」
 桜の木から善条に視線を移すと、宗像は薄い笑みを浮かべた。
「魔に魅入られるというのは、ああいう瞬間の事を言うのでしょう。たとえ私があちら側に引きずられたとしても、あなたと、あなたの太刀があれば安心ですから」
「馬鹿な事を言うものではありません」
 くすくすと笑う宗像を咎めると、宗像は笑ったまま失礼、と言った。
 グラウンドの隅にあるベンチに向かって歩く。ベンチにも桜の花びらが舞っており、軽く払ってから二人並んで腰を下ろした。木製のベンチは冷え切っていた。おぼろ月が高く浮かんでいる春の夜である。
「良い月夜ですね」
「そんな着物一枚で、羽織はどうしたのですか。いくら春とはいえ、そんな格好では風邪を引きますよ」
「長居するつもりはなかったので……。すぐに部屋に戻ります。ふふ、母親のようなことをいいますね」
小言を言う善条に向かって笑う宗像は、本当に楽しそうだった。
「そういえば、あなたはどうしてここに」
「道場にいたのですが、何か鳴き声が聞こえまして」
「鳴き声? 迷い猫ですか」
 どこに抜け穴があるのかわからないが、時折屯所には猫であったり犬であったり、ふらりと迷い入ってきてしまう動物がいた。
「いえ、こうヒョー、ヒョーという声です」
「ヒョー? あぁ、それは……」
 宗像は指先を唇に滑らせて、何か思い出すように目線を斜め上に向けた。
「それはトラツグミでしょう。こんな都会の真ん中でも住んでいるのですね」
「トラツグミ?」
 聞いたことのない名前だった。
「鳥ですよ。虎鶫。夜中に鳴き声を聞くと不気味でしょう。ですが鳥自体はまるまるとしていて、黄金色の地色に黒の縞模様がついている、可愛らしい鳥です。昼間にでも見られたらよいですね」
謎を知ってしまえば、何のことはない。ただの鳥だという。『幽霊の正体見たり枯れ尾花』とはまさにこのことだろう。
どう、と強い風が吹いてはらはらと宗像の肩に桜の花びらが舞った。善条自身もそろそろ冷えてきた。風呂上がりだろう宗像ならば、なおさらだ。
「そろそろ部屋に戻った方がいい。本当に風邪を引いてしまいます。……部屋まで、送りましょう」
「ええ、お願いします」
 少し寒いのか、宗像は一度襟を正した。ベンチからすっと立ち上がり、寮までの道を二人並んで歩いた。宗像の雪駄の足音がかすかに聞こえる。宗像の身体はすっかり冷えていたが、自然と寒くはなかった。
「そうだ。頂きものなのですが、この間良い日本酒が手に入りましてね。箱で送って頂いたのですが、とても一人では飲みきれません。でもだからといって若い子達にくれるには少々惜しい酒でして。善条さんはお好きですか」
「まぁ、多少は」
 政府高官など各方面との付き合いがある宗像は頂きものが多くて困る、と以前こぼしていたのを善条は思い出した。
「それはよかった。では近いうちにいらっしゃってください。私はまださほど日本酒の味などわかりませんので、ぜひあなたに御教授して頂きたい」
「御冗談を」
 宗像に教えられるものなど、酒の飲み方一つ教えてやれるものなどないだろう。それをわかっていて、隣を歩くこの若者は笑って教えを請うのだ。
「あぁ……。本当に、よい夜ですね」
 不意に宗像が立ち止まり、空を見上げた。善条もつられて空を見上げる。先程までおぼろげだったが風で周りの雲が飛ばされたのか、くっきりと中天に月がかかっていた。月の明かりを吸って、周りの桜も仄かに明るく感じた。
 その時。
 ヒョー、ヒョーとトラツグミの声が闇夜に響いた。あれほど不気味に聞こえていた音だったが、善条はもう恐ろしいと感じる事はなかった。
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2013/06/30 (Sun) K Comment(0)
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