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身体的欲求が最初の身振りを引き出し、情念が最初の声を引き出した。情念は人と人を引き付ける。最初の声を引き出させるのは、飢えでも、乾きでもなく、愛であり、憎しみであり、憐れみ。レヴィ=ストロースより引用
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2024/05/06 (Mon)


カトル准将とトレイが延々不毛な話をする話。
BL/カップリング要素ありません。
トレイが殴られたりする描写があるので苦手な方はお気を付け下さい。
ネタはガンダ○UCのあれです。好きすぎる…。

2/3FFオンリーにて完売しましたので、全文掲載いたしました。
御手に取ってくださった皆様、ありがとうございました。
【兵卒】
 理想的兵卒はくも上官の命令には絶対に服従しなければならぬ。
 絶対に服従することは絶対に批判を加えぬことである。
 即ち理想的兵卒はまず理性を失わなければならぬ。

芥川龍之介『侏儒の言葉』




皇国問答
 
 
 
 ―――ミリテス皇国首都イングラム
 ホテル・アルマダ
「それにしても、おかしな事態になりましたね」
 ふぅ、とトレイは溜息をついた。 
 クラサメの突然の来訪により、敵地で待機という異例の命令を0組は受けたのだ。
 そもそもルブルムから0組が皇国首都にやってきた理由は【魔導アーマー破壊指令】を受けてのことだ。開発段階である皇国の新型魔導アーマー【ブリューナク】を破壊するべく、0組単独で皇国首都に潜入るすという至極危険な任務だった。0組は朱雀諜報部の協力により無事皇国首都に潜入、魔導アーマー工場に潜入し目的であるブリューナクを破壊し、作戦を成功させた。だがその直後【白虎のルシ】が現れるという予想外の出来事が発生し、全滅もかくやと覚悟した。しかし時同じくしてペリシティリウム間の不可侵を定めた【ファブラ協定】が発動し、ルブルム、ミリテス、コンコルディア三国による停戦会談が行われることになったのだ。
 戦闘中に停戦を皇国の将校に宣言され案内されたのが、ここホテル・アルマダである。ホテルの中でも高層階に位置し、部屋の中であるにもかかわらず壁を伝って水が流れていた。半円形の大広間だ。壁際に備えられたソファも、高い天井に備えられたシャンデリアも、朱雀で育ったトレイから見て上等なものであるとわかる品だった。床面もミリテス独特の幾何学模様が石で描かれていた。窓に格子が嵌っていたが、その格子も装飾が施されており、特別閉塞感を与えるものではない。単純に落下防止なのだ、と言われたなら信じるだろう。しかしこのままでは軟禁と同じ状態である。今のところ身体の安全と日に二度の食事は保障されてはいたが、この状態がいつまで続くのかまるで予想がつかない。いつ捕虜の扱いを受けるかわからない。捕虜どころか、有無を言わせずに処刑されることもありえなくなかった。いくら上等な部屋を与えられているといっても、緊張を解く事は出来ない。温かいスープを口にしても、安心とはほど遠かった。
 作戦からクラサメが0組の前に姿を現したのは丸二日後である。さほど親しくしているわけではない、と思っていても自らが所属する隊の隊長であるクラサメの顔を見れば、口から安堵の息が漏れた。
「会談が終わるにはまだしばらくの時間がかかる。作戦の疲れも残っているだろう。諸君はここに一泊し、明日朱雀に帰投すればいい。明日の午後までは休暇扱いだ。軍事区域外の行動は許可されている。皇国の首都に来る機会などそうはない、市内を回ってみたらどうだ?」
 三国による停戦会談に参加するルブルムの代表であるカリヤ院長の隋伴員としてやってきた0組の隊長クラサメ・スサヤによって、0組は皇国に対して身分を証明され、不当な扱いを受けないよう処遇を朱雀側の預かりとされた。
 休暇なのだから観光でもしてみろとクラサメは言ったが、とてもそんな気分にはなれなかった。一時的とはいえあのまま停戦にならなければ、間違いなく0組は全滅していただろう。いくら白虎のルシとはいえ、これまで連戦連勝だった0組はまるで歯が立たなかった。各々長所を持つ0組ならば、今までは誰かが戦闘離脱しても誰かしらが勝利への契機を作ることが出来た。しかし今回の戦闘では契機どころか、白虎のルシに近づくこともできず、ただただ逃げ回ることしかできなかった。停戦会談が成功すればいいが、そうでなければこれから先白虎のルシと戦うことは避けられないだろう。しかし、今の自分たちでは、勝つことは不可能。それは覆しようのない事実だ。考えてもきりがない事と思いながらも、頭からは離れることはなかった。クラサメの言葉に、ホテルを出て市内を見て回ろうとするもの、そのまま部屋で身体を休める者など、思い思いに時間を過ごす0組の姿を見て、トレイは再び溜息をついた。
「もう二日もこの部屋に閉じ込められている。いいかげん外の空気を吸いたいな。白虎の空気じゃ、気分転換にもならないかもしれんが」
「キング、ものの言い方に気をつけなさい」
 普段冷静なキングもずっと一つの部屋で待機させられて、イライラしていたのかもしれない。激しい戦闘の後ゆっくりと休息出来ないというのは、いくら戦いに慣れている0組でも負担でしかない。しかしいくら敵国とはいえ、けなす様な言葉を言うのはよろしくないだろう。トレイがたしなめると、キングはつまらない、というように小さく舌打ちした。視線でキングの背中を追うと、ナインとともに扉の前の皇国文官に声をかけていた。ホテルの外に出るらしい。
 様子を窺っていると、ジャックがトレイに近づいてきた。
「僕とエイトは外に出てみるけど~、トレイはどうする?」
「そうですね……。私は少し思うところがありますので、もう少しここで考えていますよ。でもこんな機会そうありませんから、しばらくしたら市内を巡ってみます」
「そう? じゃあ僕たち先に行くね~、じゃ~ね~」
 手を振ってジャックと、ジャックに連れられるようにエイトも部屋を出て行った。これで部屋に残ったのは、トレイ、シンク、サイス、そして少しばかり咳き込んでいるレムだ。マキナは軍令部長に呼び出され、しばらく前から姿を見せていない。こうして部屋でシンクの相手をしているのもいいが、やはり市内の事が気になった。このまま部屋に残っていても、先程の白虎のルシのことを考えてしまいそうでトレイは気が滅入った。
 壁際に備えつけられたソファに沈むように身体を預け、目を閉じていると、急に隣の席が弾んだ。ソファに膝をついているのだろう。おそらく彼女だ。
「なんです、シンク」
「トレイ、眉間にしわ~。疲れてる?」
「まぁ、気が休まる時がありませんでしたからね。さすがの私でも疲れますよ」
 見てわかるならそっとしておいてほしい。
「エースやクイーン、デュースも外に行っちゃったよ~。あとケイトとセブンも」
「あなたは一緒に行かないのですか」
「ん~、シンクちゃんはいいよ~」
 ケイトはともかく、デュースまで部屋を出たのは驚きだった。おそらくシンクは警戒心を解いていないのだろう。何も考えていないように見えるのは表面だけで、彼女は0組の誰よりも警戒心が強い。このままシンクの傍にいてやった方がいいのだろうが、トレイも外の空気が吸いたかった。だが一緒に街に出るかと誘っても、シンクはきっと誘いに答えないだろう。
「トレイは行かないの?」
「これから行くところです」
「そっか~。集合時間までには戻ってきてね~」
「ええ。わかっていますよ」
 ソファから立ち上がり、一度部屋を見回した。あぁ、この部屋は明かり取り用の窓はあっても、外の様子をうかがうものは何もなかったのだ、と気づく。だからこんなにも息苦しかったのか。トレイは襟元を緩め、部屋の扉の前に立つ皇国文官に声をかけた。
 
 
* * *
 
 
 ホテル・アルマダを出ると右手に従卒のアリア、モーグリと話すデュースの姿が見えた。一瞬ここが本当に白虎なのかと疑ってしまうほど、それは普段の生活の光景だった。背後から皇国文官に声をかけられるまでは。
「上から話は聞いている。滞在中の朱雀候補生とやらだな?出歩くのは構わないが、お前たちの行動は監視されているからそのつもりでな」
 いくら停戦中だからといっても、完全に自由にしてくれる様子はないようだ。元々監視されるだろうことは予想に難しくなかった。ホテルの周りを軽く一周して早めに戻ろう。そう思い、トレイはホテル前の階段を下りて行った。
「それにしても、文化や技術が違うとこうも変わるものなのですね」
 今まで十七年間生きてきて、一度もルブルムから出たことのなかったトレイにとって、皇国の町並みは全てが新鮮だった。今までマザーの部屋や魔導院のクリスタリウムで何度か資料は見たものの、実際に見るのは初めてだ。キングはルブルムの文化レベルの方が優っているなどといっていたが、トレイは文化に優劣などないと考えていた。それぞれの国の環境でもっとも最善だと思う技術や技能、文化が発展するのだ。クリスタルの影響も大きいだろう。朱雀クリスタルの影響を受けたルブルムでは魔法が、白虎クリスタルの影響を受けたミリテスでは機械兵器が発達した。蒼龍や玄武でもそれぞれクリスタルの影響を受けて独自に発展してきた。それと同じだ。ルブルムでけして見ることのない超高層の建築群。見上げればはるか上空を走るモノレール、眼下を見下ろせば長い運搬用のトレーラーが走っていた。街のつくりは複雑で、建物の上に新たな建物が建てられているような錯覚を覚えた。事実トレイが今立っている地面さえも、土ではなくどこかの建物の屋上なのではないだろうか。それらはけしてつぎはぎではなく、緻密な計算によって設計され、造られたものだ。どうやってこの街を建設したのか、方法も技術も未知のものだった。朱雀の人間であるトレイにけして知らされることではないと思うが、それでも興味があった。
 辺りを見回してみるとルブルムのように、通りに面して日用品を売る店などは見当たらなかった。おそらく商業地区は別にあるのだろう。もしくは今見えている建物のどれかに入っているのだろう。ただ、通りを歩く一般市民の姿はなく、皇国兵の姿ばかりが目立つ事が酷く異様な光景だとおもった。いくら白虎総督府が近いとはいえ、あまりにも人が少なすぎた。0組は一人でも魔導アーマー一機分の攻撃力を持つと恐れられていると聞く。停戦中とはいえ、非常事態には変わらない。一般市民には外出禁止令が出ているのかもしれなかった。いくら朱雀の候補生とはいえ、極力白虎と朱雀の人間の接触は避けたいのだろうし、つまらないいざこざを生まないためにも関わりを禁じている様子だった。ホテルから出て、何人かの皇国兵と話したが、そのほとんどが候補生である自分達を煙たがっていたようだった。そのうちのいくつかは、憐みの意を込めて。
 手すりに手をかけてミリテスの空を見上げる。
 工業用の排熱用の蒸気と、厚い雲のせいで、街は薄暗かった。時折建物の屋上や角で灯る緑色のライトだけが、やけに鮮やかに目に映った。
「おい、お前何をしている」
 は、と振り返ると後ろに三人の皇国兵がトレイを囲んでいた。 
「何を見ていた。偵察も立派な戦時行動に入るぞ」
「とりあえず奥に連れて行け」
「なにをするのですか、やめなさ……ぐぅっ!」
 最後まで言い切ることなく、トレイは銃床で頭を殴られ昏倒した。
 
 
* * *
 
 
「ん……」
「いつまで寝ているつもりだ」
 目覚めた所は見覚えのない場所だった。ホテルの中かと言われればそうかもしれず、皇国軍基地の取調室かと言われればそうかもしれなかった。トレイは薄暗い部屋で簡素な背もたれつきの椅子に座らされ、後ろ手に縛られていた。目の前には二人の皇国兵。先程街中でトレイを囲んでいたのは三人の皇国兵だった。おそらく部屋の外にもう一人見張りがいるのだろう。いくら停戦中だからといって、皇国領内、しかも首都である街の中を一人で歩いたのは明らかにトレイの不注意だった。どんな理由をつけてでも、皇国兵が0組を捕まえる算段を練っていただろうことは予想に難しくなかったはずだ。己の浅はかさにトレイはく、と唇をかむ。皇国軍の前では当然COMMは使えない。そもそも今は何時なのか。集合時間までに戻らなければ、他の0組メンバーが皇国にあらぬ疑いをかけられてしまうかもしれない。0組の誰かがトレイがいないことには気づくかもしれないが、だからといってどうやってここまでトレイを探し、助けてくれるというのだろう。そんなことより銃床で殴られた後頭部が、まだずきりと痛んだ。随分遠慮なく殴ったものだ。
「貴様、あそこで何をしていた」
「いくら休戦中だからって観光なんて出来るわけないだろ? 皇国の人間を殺しておいてよく平気だな?どれだけずぶとい神経してんだよ、それとも、もうとっくにそんな感覚なんか麻痺しちまってるのか?」
 頭に血が上っている人間に何を言っても無駄だ。穏便にやんわりと言ったとしても、とてもそれですむと思わなかった。しかし言わずにはいられない性分のため、トレイは殴られることを覚悟しながら口を開いた。
「私のいた所は軍事区域外のはずです。軍事区域外の行動は許可されています。あなたたちにとやかく言われる筋合いはありません。私たちは」
「うるせぇってんだよ!」
 ガン!と音を立てて座らされている椅子を蹴られた。頭に響く衝撃。
「俺は朱雀の奴らに親を殺されてんだ。 親のことは覚えちゃいないが、それでも恨みってのは残るんだよ」
「おい、協定違反は処刑だぞ」
 一人の皇国兵が、熱くなっている皇国兵を諌めようとするが、効果はなかった。
「お前が黙ってりゃ問題ねぇだろ。俺はこいつを殴らなきゃ気がすまねぇんだ」
 当然、この男の親など知るはずもない。トレイが殺したのかどうかなど判るわけがない。朱雀に復讐したいだけなのだ。どうにかして気持ちの整理を着けたいだけなのだろう。殴ったところで何も変わらないというのに。己の隙が生んだこととはいえ面倒なことになったな、と思いながらトレイは歯を食いしばった。
 鉄拳が飛ぶと思った瞬間、部屋の外がざわついた。 
「貴様ら何をしている」
「カトル様!これは」
 見張り役だった皇国兵の上ずった声が聞こえた。おそらく上司か何かがやって来たのだろう。とりあえず目の前にいる皇国兵よりかは話の通じるものが来てくれたらいいのですが、とトレイは朦朧とした頭で思った。
「開けろ」
 有無を言わせない若い男の声とともに、バン、と薄暗かった部屋に光が差し込んだ。逆光になっているため、誰かはわからなかった。
「どういうことだ。朱雀の候補生ではないか」
「カトル様、お待ちください! この者は市内で不審な行動を取っており」
「申し開きは後で聞く。相当の処分を覚悟しておけ」
 軽く男が顎を動かすと、男についていた部下が見張りの兵士と部屋にいた二人の兵士をどこかへ連れて行った。ようやく光に慣れてきて、目を凝らすように、目の前の男をトレイは見つめた。
一般階級の皇国兵ではないと一目でわかる、白を基調とした軍服。
 腰に下げた、元帥から下賜されたサーベル。
 そして何より特徴的な黒の眼帯。
 隻眼の魔導アーマー乗り。
 白虎のルシと戦った部屋で停戦を宣言した男。
 何度も朱雀の座学で彼の名は出てきた。
 彼の、名は。
「……あ」
「手荒な事をしてすまなかった。フェイス」
「はっ」
 フェイスと呼ばれた男が、トレイの腕を縛る縄をナイフで切った。無駄のない動き。彼も目の前の男と階級こそ違うだろうが、将校であると思わせる白い軍服を身に着けていた。
 縄を解かれると、指先がきゅうに熱くなった。随分きつく縛られていたようだ。どっと血が指先に向かって流れていくのがわかった。何度か握ったり、開いたりを繰り返してみる。若干のしびれはあるが、それもしばらくしたら治まるだろう。手首にはくっきりと縄の後がついていた。
「見回りに来て正解だったな。君、怪我はないかね」
「あ、ありがとうございます。大丈夫です。……あの、あなたの、名は」
 名は知っていた。だが男の口から聞きたかった。男はすでに小部屋を出ており、振り向きざまにトレイに向かって口を開いた。
「うん? あぁ、そうか。君は朱雀の子供だから私のことがわからないのだな。名乗るのが遅くなってしまってすまなかった」
 手袋を脱ぎ、握手を求められたが、トレイはそれに返すことはなかった。そんなトレイの反応に目の前の男は鼻を鳴らして笑った。
「私はカトル・バシュタール。准将だ」
 
 
* * *
 
 
 案内された部屋は先程と打って変わって、豪奢な装飾のある部屋だった。壁にはミリテス皇国の国旗が掲げられていた。床にも刺繍のある絨毯が敷かれている。天井まで届きそうな大きな明かり取りの窓が何枚もあり、石造りの建物の中なのに解放感さえ感じた。
 カトル・バシュタールは部屋の最奥の大きな執務机の置かれている席に座った。ここがおそらく、彼の執務室なのだろう。何度も曲がり角を抜けて、エレベーターにも乗った。白虎総督府の内部だろうと予想はつくが、だからと言って自分がどこにいるかまではわからない。殺されることはまずないだろうが、油断はできなかった。
「座りたまえ」
 勧められたソファに座ると、ふわりと包まれるような感触があった。慌ててトレイは浅く座りなおした。
「名は」
「トレイです」
「トレイ?」
 カトルは眉をひそめた。トレイという言葉には数字の『3』の意味がある。おそらく偽名だと思われたのだろう。だが嘘は言っていない。マザーに拾われた時から名はずっとトレイだ。他にも名はあったのかもしれないが、名も姓も思い出せない。どうしても必要な場合はアルラシアを名乗ってよいとされていたが、そこまで答えずともいいだろう。
「そうか、トレイ君か。まずは茶でも飲むといい。君も知っている通り我が国の物資が乏しいが、それでもこの紅茶だけは白虎が自慢できる品だよ」
 同じように部屋に入ってきたフェイスに手のひらで指図すると、フェイスは紅茶の準備を始めた。部屋の隅にあるサイドテーブルに茶器一式が揃えられていた。優雅なものだな、とトレイは思う。 
 しばらくして、フェイスが同じポットからカトルの分とトレイの分の紅茶を注ぎ分けた。ソーサーの上に置かれたカップがカチャリと音を立てる。トレイの前に深い琥珀色の紅茶が注がれたカップが差しだされた。カトルを見ればすでに口をつけている。どうしたものかとトレイがカップとカトルの顔を交互に見ていると、カトルにふっ、と笑われた。
「敵の出したお茶は飲めないかね」
「いえ。……頂きます」
 カップに口をつけると芳醇な香りが鼻を抜けた。なるほど、自慢するだけの事はあるらしい。確かにおいしい。紅茶は本来ルブルムのような湿度のある温暖な気候を好むが、ミリテスのような寒冷地でも生育できる種があると聞く。ミリテスで採れる紅茶は希少価値が高く、高級品だったはずだ。茶葉が柔らかく、香りが良いとされている。あらためてミリテス産の紅茶を飲んだことはないが、この紅茶がそうなのだろう。
「ほう。朱雀の兵士にも、思い切りのいい者がいるのだな」
 面白い、と言うようにカトルは右目を微かに見開いた。
「兵士ではありません。私はアギト候補生です」
「そうか」
 制服を着崩すこともなく、敵地、しかも准将という将校の前でも堂々としているトレイに対してカトルは興味を持ったようだった。同じ皇国兵とて、カトルの前では皆萎縮するのが常だ。トレイの態度や、朱雀の子供というもの珍しさも手伝って、カトルはいつになく上機嫌だった。
「そう緊張するな。私だって迂闊に手を出して処刑されたくはないからな。気楽にしていろ。……少し、君と話したいのだが、どうかな」
「それは、尋問ですか」
「いいや。話したくなければ、話さなくともいい」
「少しの間なら……」
 戸惑いがちにトレイが誘いに乗ると、トレイの返事に満足したのかカトルはにいと笑った。
「朱雀の兵士に関して、にわかに信用できない噂が蔓延していてね。直接会い、話すことが出来れば何かわかるかと思ったのだ。しかし、信じていなかったとはいえ、まさか本当に子供とはな」
 カトルの口調から、言葉にしてなくても含まれる意味にトレイは気づいた。それは市内を歩いた時に何度も皇国軍の兵士から聞いた言葉だった。
『うわっマジで子供なんだ!? その歳なのに戦争に駆りだされて戦えって言われてんのか。怖い国だな……。朱雀って』
『お前らみたいなガキに戦わせるなんて、朱雀ってのは怖いな。朱雀の人間はアルテマ弾の事を非難するらしいが、んなもんよりガキに殺人教育する方がよっぽどひでぇと思うけどな』
『非人道的なのは間違いなく朱雀だよな! だってお前みたいな子供を主戦力にしてんだからな! 候補生だけじゃなくて、朱雀兵も若いやつらばっかだし』
 そこには畏怖と、蔑みと、憐みが混在していたように思う。だがそれに対して何かを言われる筋合いはない。ある兵士は『朱雀に生まれた事を恨め』と言ったが、トレイには何も怨む事などなかった。
 マザーに拾われた時から、アギト候補生として様々な魔法や弓矢の扱いを幼いころから叩きこまれた。それらは全て人殺しのための手段だ。言い換えれば生きるための術だ。拒絶したら自分が生きていくすべはなかった。幼い無力な自分に選択肢など何もなかったのだ。怨むよりもまず、従うしかなかった。そうしなければ、どこでのたれ死ぬかわからない。母親として、マザーは確かに優しかった。母親に褒められれば嬉しい。母親の喜ぶ顔が見たい。母の傍にいたい。だがそれ以上に最もトレイを動かしたものは、母親に捨てられるという恐怖だった。だから、迷わず『母親』の言うとおりに弓矢を握った。それはトレイだけでなく、0組全員に言えることだろう。
「たしかに朱雀の兵士や候補生には、他国の兵士と比べて若者が多いです。そのことについて非人道的だ、外道だ、人非人だ、と白虎の人々は口々に言います。ですが、それは私たちから見ればまったく同じことを白虎に対して思います。覚えていますか。機械兵器によって無慈悲にマクタイ市が攻撃した時の事を。一般市民が攻撃され、殺されたのです。あそこには常駐する朱雀兵こそいましたが、軍需工場や魔法使いの軍勢は配置されていませんでした。朱雀において魔法を操る事が出来るのは若者だけです。人々を、国を守るためには若者が前線に立ち戦わなければ守れないのです。それが、朱雀クリスタルの意思、朱雀の理です。魔法を操るのは人間です。私たちにしてみれば、感情の無い機械兵器によって殺される方が、よほど非人道的です。どちらが人道的か非人道的かなどということは、どちらの国の文化が発達しているかということで議論するのと同じくらい不毛なことです」
 一息に話し終えると、トレイは残りの紅茶を口にした。カトルはただ興味深そうにトレイを眺めていただけだった。
「ならば、君。トレイ君といったか。我々の間で起こった戦に関してどう思う」
「それぞれの国に大義名分がありますから。私は戦に勝ち負けはあっても、善悪はないと思っています。両国の民のためにも、無益な戦いは即やめるべきです。しかし私は朱雀のアギト候補生ですから、命令があれば迷うことなく武器を手にするでしょう。考えるのは私たちではありません。それこそ今この瞬間、こちらで停戦会談に臨んでおられるカリヤ院長が決断される事です」
「あえて理想的兵卒であろうとする、か。なるほど」
 先人の箴言で『理想的兵卒はいやしくも上官の命令には絶対服従しなければならぬ。絶対に服従することは絶対に批判を加えぬことである。すなわち理想的兵卒はまず理性を失わなければならぬ』という言葉がある。目の前の少年は冷静にものを見る目を持つと言うのに、あえてその理性を自ら手放す、と言っているのだ。朱雀クリスタルの意思がそうさせるとわかっていても、年端の行かぬ子どもを死に追いやると言うのはやはり気が引ける。そしてその理を受け入れている少年の姿を目にすることも。
「もうひとつ、興味深い噂話がある。お前たち朱雀の候補生は死んでも蘇生できると。これは本当か」
 その言葉に、トレイはピクリとも反応しなかった。
 答えは、イエスだ。
だがそれを皇国に教えるわけにはいかなかった。戦闘離脱からのち身体を蘇生させる事はマザーだけが行うことが出来た。0組の最大機密といってもよかった。ペリシティリウムの中でも、魔法局の一部局員と、途中から0組に加入したマキナとレムしか知らないのではないだろうか。
「いよいよ尋問めいてきましたね。その事については私がお答えする義務はありません」
「さすがに答えてはくれんか。聞いてもいないことはよく喋るのにな」
「答えが気になるのならば、腰にぶら下げているサーベルで私の首をはねて御覧なさい。そのサーベルは飾りではないのでしょう。そうすれば私が生き返るかどうか、その場で判ります」
「……っ!」
 あまりの言い方に我慢ならないというように、今までカトルの背後に控え、黙って話を聞いていたフェイスが軍靴を鳴らしてトレイに近づいた。そしてその勢いのまま、トレイの襟首をつかみ立ち上がらせた。
「さっきから好きに話させてやっていると思えば……っ! カトル様の前で候補生風情が無礼な口をきくな! 貴様ら朱の魔人のせいでどれだけの同胞が失われたと思っている!」
「くっ」
 優男に見えたが、やはり軍人である。フェイスはぶん、とトレイを影際に投げつけ、ふらついたところを狙って左肩を蹴りあげた。
「ぐっあ、あぁ!」
「フェイス、やめろ」
「しかし准将!」
 怒りがおさまらない、というようにフェイスは声をあげた。
「フェイス! 部屋から出ていけ」
「カトル様、それはあまりにも危険です! いくら子供といえども朱の魔人と一対一になるなど」
「部屋の外で待機。呼ぶまで入ってくるな」
 何を言っても上官の言葉は覆らない。フェイスは歯を深く噛みしめて、トレイに背を向けた。
「……っ。わかり、ました」
 ギィ、と音を立てて大きな扉が開いた。おそらくあの男は上官であるカトルがいいと言うまで、部屋の前で忠実に待機するつもりなのだろう。立ち上がろうと片膝をつくと、カトルが手を差しだした。トレイは一瞬戸惑ったが、ここは素直にカトルの手を取り立ち上がった。
「しつけのなっていない部下ばかりで恥ずかしいな。君はこんなにも礼儀正しいのに」
「いえ。彼の怒りは当然でしょう。私たちがそれだけのことをしているのは事実ですから。理解は、出来ます」
「そうか。酷い事を言ってしまったようだな、すまない」
 首を垂れるトレイを見ると、確かに歳相当の少年にも見えた。報告書で上がって来た魔導アーマー工場の破壊と皇国軍の損害を思い出すと、とても目の前の少年が何かをしたようには思えなかった。
 この少年は面白い。すぐに返すつもりだったが、もっと彼の言葉を聞いてみたかった。彼の発言は幼くはあるが、上官の命令に盲進的に従っているわけではないようだった。せっかく手元にいるのだ。聞くことが出来る情報は全て聞き出しておきたかった。部下には軍令違反だと言ったが、一人くらい捕虜に出来るものならばしておきたかったのが本音だ。尋問するのであれば、カトル以外にも担当尉官を呼んだ方がいい。カトルはドアノブに手を伸ばした。
「ドアノブに手をかけるのはおよしなさい」
「何」
 部屋を出ようとしたカトルを、トレイは座ったまま制した。
「部屋全体に魔法陣を展開しています。空気の密度が変わった事、お気づきになりませんでしたか。やはり、クリスタルの力が変わるとこうも違うものなのですね」
言われてみれば、得体の知れない気配のようなものが、部屋全体を包んでいるようにカトルには思えた。トレイはカップに残っていた紅茶を飲み干した。
「私は冷気魔法が得意でして。魔導アーマーに乗るのなら、凍傷になって腕を切り落としたくないでしょう?」
「……貴様」
 恐れているだと?
 私が?
 この少年の事を?
 朱雀の魔法攻撃の恐ろしさはカトルも知っていた。魔法陣は目には見えない。朱雀の人間ならば見えるのだろうが、皇国の人間にとって朱雀の魔法攻撃は突然何もない場所から炎柱が立ち登り、空から雷撃が降るなど、まことこの世の理に沿っていると思えないものだった。目に見えない分始末が悪い。この少年が言っていることが正しいのか、それとも虚勢をはっているのかさえ、今のカトルには判断がつかなかった。目を見れば大抵の真偽の程は判るものだが、眉ひとつ動かさない少年からは何も感じなかった。
 それほど訓練された兵、ということか。
「何故だ、何故この部屋で魔法が使える」
「何故? クリスタルジャマーでも仕掛けていたような物言いですね。それとも本当に仕掛けていたとか? まぁいいでしょう。あなただけは真摯に私を扱ってくれましたから、一つだけ教えてあげます。あなた達が勢力をかけて開発したクリスタルジャマーですが、その効果が全く効かない者達も、朱雀には一部いるのです。そしてその一部の人間がこの私。それだけのことです」
「それは機密でないのか」
 何でもないことのようにさらりと言う少年に対して、カトルは問いただした。これが事実ならば、これから皇国が行おうとする作戦は根本的に覆るからだ。朱雀の候補生の言葉を信じるわけではないが、嘘とも思えなかった。事実、この部屋には試験的に新型のクリスタルジャマーが実装されていた。以前魔導院攻略作戦で使用したものよりも精度をあげた改良型のはずだ。それなのに、目の前の少年は魔法発動の準備は整っていると言う。
「機密ですよ。でも、言ったところであなた方には抵抗する術がありませんから。たとえ白虎にいたとしても、朱雀クリスタルの加護は健在。あなた方が朱雀領内で魔導アーマーを使用できる事と同じです」
 くすりと余裕を見せるようにトレイは笑った。
「何故こんなことをする」
「朱の魔人だ悪魔だと言われましたが、私はただの人間です。何度もそのような事を言われ、ひどい扱いを受ければそれなりの意趣返しをしたいと思うのは当然でしょう」
「目的はなんだ」
「そろそろ仲間の所に返していただきたいと思いまして。本当にそれだけなので、ご心配なく。集合時刻をとうに過ぎていますので、私が戻らないことを心配して、他の候補生達がむやみに市内を歩き回るかもしれません。そんなことをされるよりかは、今のうちに私を帰らせた方が賢明だと思いますよ」
 ルシには抵抗できなかったとしても、あの新型魔導アーマーであるブリューナクを倒したのは紛れもなく目の前にいる少年と、少年の仲間たちだ。彼らの戦闘能力は十分に理解している。
「……貴様。貴様は、誰だ」
 隻眼で目の前の少年をカトルは見据えた。
まだ子供かと思えば、老練された兵士のようにも見えた。歳相当の顔を見せることもあれば、全てを悟りきったような顔をすることもある。得体の知れない掴みどころのなさは、まさに彼らが操る魔法と同じだった。
少年はカトルの視線に怯むことなく、こう言った。
「朱雀のアギト候補生。クラスゼロ。名はトレイ」
 見返してくる、強い視線。それは少年のものではなく、一人の兵士の目だった。
「……わかった。迎えを呼ぼう。魔法陣を解いてくれ」
 カトルが請うと、トレイは小さく口の中だけで何かを呟いた。とたん、部屋の緊張が解けたように感じるのは気のせいではないはずだ。
「私はアギト候補生で、本来は戦には参加するはずの無い立場の者です。何の権限もない。本来ならば、あなたと私はこのように面と向かって話をすることなど、ありえなかったでしょう。これも何かの縁なのでしょうね。今日はとても有意義でした。お招きいただいてありがとうございました。次会う場所はおそらく戦場でしょうけれど。カトル・バシュタール。あなたの名前は覚えておきます」
 朱雀の少年の目は、真剣だった。良い目をしている、と思った。
「トレイ君か。私も覚えておくこととしよう。停戦会談が良い方向に流れればいいな」
 朱雀の魔人はにこりと笑った。
 
 
* * *
 
 
「カトル様。どうしてあんな小僧と話そうとお思いになったのです」
 トレイのいなくなった執務室で、新たな紅茶を入れながらフェイスはカトルに問いただした。
「そう怖い顔をするな、フェイス。『彼を知り、己を知れば百戦危うからず』と昔からよく言うだろう。何も答えられない子供であればすぐ返したが、あれは違ったのでな。いずれは刃を交わらせなければならない相手だ。理解しておくに越したことはない。たとえ相手が子供だと思ってもな」
「いくら朱雀といえども、胸が痛みますね」
 フェイスは眉をひそめた。
 フェイス・アイスラーは軍大佐という肩書を持つにしては、情に篤いところがあった。それが美徳であると部下には人気だが、戦場ではそれが命取りになる。
 彼は、まだ若いのだ。
「国が変われば人も変わる。憐れんでいてはこちらの首が飛ぶぞ。気を引き締めろ」
「はっ」
 優秀な人間というのは国や人種が異なっても、それとなくわかるものだ。トレイと名乗った少年は、間違いなくこれから朱雀に必要となる人間になるだろう。だが朱の魔人として前線に立ち続ける彼に、命の保証はない。白虎が勝利しても、仮に朱雀が勝利したとしても、彼が生き残る確率は低いだろう。儚い望みを言うならば、もし再び会うことがあったならば、トレイとは戦場ではなく国政の場で会ってみたいと思った。
「こんな時代でなければ、もう一度会うこともできただろうが……」
 その後カトル・バシュタールがトレイと会話することは一度もなかった。
 
 
* * *
 
 
「あ、トレイだ~お帰り~」
「トレイ~!あんたどこ行ってたのさー! 置いてってやると思ったんだからぁ!」
 0組が待機する部屋の前まで丁寧に送られたトレイは、ドアを開けた瞬間ケイトに怒鳴られた。
「シンク、お待たせしました。すみませんケイト、ご心配かけましたね」
「べつにあんたの心配なんかしてないわよ。さっ、これで全員揃ったかな」
 ケイトが部屋を見回すと、一人だけ足りなかった。
「まだマキナが来てないよ」
「あんにゃろ~、どこほっつき歩いてんだか」
「探してこようか~?」
「いいよいいよ、来なかったら置いてっちゃうし」
 ふん、と腕を組んでケイトは部屋の扉を睨んだ。
「まぁまぁ、ケイト。もう少し待ってみましょう」
「遅刻したお前が言うなー!」
 いまではもうマキナは0組の一員である。仲間を思うものとして助け船を出したつもりが藪蛇だったようだ。猫のように引っかいてくるケイトをいなしながら、トレイはくすりと笑った。
 変わらない。何も。これが0組だ。ここが、トレイの居場所だ。
「ところでトレイ、何してたの~?」
 見上げてくるシンクにトレイは言った。
「美味しい紅茶をいただいていました。機会があればあなたにも御馳走しますよ」
 
 
【終】
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2013/02/11 (Mon) FF零式 Comment(0)
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