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身体的欲求が最初の身振りを引き出し、情念が最初の声を引き出した。情念は人と人を引き付ける。最初の声を引き出させるのは、飢えでも、乾きでもなく、愛であり、憎しみであり、憐れみ。レヴィ=ストロースより引用
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2024/05/19 (Sun)


冬コミ新刊。P24/¥200/R18。現代パロディK3です。
もだもだ面倒くさいトレイと、黙って待ってる男前キング(通常運転)

―――それはまるで流星のように
SuperSonicSpeedStar
 
 
 
 駅から歩いて十五分。トレイはキングの部屋に向かって歩いていた。キングの部屋は学生向けのアパートの二階にある。トレイとキングの部屋は電車で一駅分の距離だ。時折お互いの部屋に赴き、一緒に食事をしたり、CDを借りたりする、そんな関係だった。今はちょうど冬季休暇ということもあり、そう頻繁に顔を合わせることも、部屋に行くこともなかった。トレイがキングの部屋に行くのもだいぶ久しぶりだ。よくよく思い返すと、三か月ほど経っていたかもしれない。というのも普段も会ってはいるのだが、トレイがキングの部屋へ行く回数よりも、キングがトレイの部屋に行く回数の方が多いからだった。トレイにしてみれば久しぶりの、キングの部屋だった。
 トレイとキングの関係は、正直よくわからないのが現状だ。友達、というには少々その範疇を越えているような気もする。手を繋いだり、キスをしたりといった過剰なスキンシップは、今まで一度もない。だが、キングの口にする言葉の端々や態度に、友達に対する態度ではないものをトレイは感じていた。ふと投げかけられるキングの視線は、愛しいものを見つめるそれだ。それに返すトレイの視線もまた、慕う感情を含ませたものだ。ああ見えて、人の感情に敏感なキングが気付かないはずはない。それなのに、キングは何も言わない。好きだとか、つき合おうだとか、そう言った言葉は、ない。一度気付いてしまった以上、確かめねばならないとは思う。気のせいだと、自惚れているだけだと思っていた。いや、思うようにしていた。だが二度三度繰り返せば気のせいではない、それは間違いだとわかる。最初はからかわれているのかとも思ったが、そうでもないらしい。キングはもともと意地の悪い事をするような男ではない。変だ、と思う。おかしい、と思う。だがそれを言葉にして聞いてみる勇気もない。キングの隣は居心地がいい。そう、居心地がいいのだ。理由など、それだけで十分ではないだろうか。ならばあえて自ら壊す様なことをせずともよい。だいたい、つき合うならそれなりの相手がいるのだ。キングも、トレイも、それぞれ。
「いけませんね……。何でも理由をつけようとするのは」
 悪い癖だ、と以前キングに言われたことを思い出した。
 鈍い太陽の日差しはトレイの身体を温めることはない。トレイは着ているコートの襟を立てなおすと、歩みを速めた。
 
 

* * *
 
 
「こんにちは」
「おう」
 インターホンを押し、キングの部屋で待つこともなく、すぐにドアは開いた。初めからキングの部屋に行くことは連絡してあったからだ。
「入れよ」
「お邪魔します」
 フローリングの床には午後の柔らかに日差しが陽だまりを作っていた。1LDKにはベッドと、机と、低いチェスト、そしてエレキギター。男の一人暮らしらしく、荷物はさほど多くない。トレイの部屋と違って背の高い本棚もないから、圧迫感もない。だが。
「……?」
「どうした」
 久しぶりのキングの部屋だからか、何となく違和感がある。チェストに積った埃。トレイがキングの部屋を見回していると、キングがあぁ、と言いづらそうに口を開けた。
「最近バイトが忙しくてな……」
「いえ、それは別にかまわないのですが」
 それこそあまりに綺麗に掃除されたら、彼女の存在をありありと見せつけられているようで、気安く部屋には来られなくなってしまうではないか。それにしても、古い雑誌や何かが目につくのは確かだ。窓の外を見ると、風は強いが晴れている。雨の予報もなかったはずだ。
「しましょうか……掃除」
「……お前が?」
 さすがに誰かに部屋掃除される年頃でもないし、正直ベッドまわりを弄られたりするのは嫌だ。女にも。たとえそれがトレイでも、だ。
「いえ、一緒に。別に、何かをしにあなたの部屋に来たわけではありませんし」
「そうだな……。手伝ってくれるか」
「ええ」
 そうと決まれば、とトレイは上着を脱いで腕をまくった。
 
 
* * *
 
 
 1LDKなので部屋の仕切りはない。だがベッドまわりなど、あまりにもプライベートなところはキングに任せ、トレイは台所に立った。水まわりの掃除をするのだ。といってもさほど汚れてはいない。
 台所には長さの違う包丁が三本揃えられていた。一人暮らしのくせに、鍋の種類もいくつかあった。わりと型から入るタイプなのだろうか。というのも、キングは大学近くの手軽なイタリア料理屋でバイトをしていた。
キングの様子を見ていると、大学の授業よりも調理の方が面白く感じているように見えた。それも一つの道だ、キングなら良い職人になるだろう。
「悪いな」
「いつも食事作ってくださるでしょう。ですからたまにはお礼を」
 まかないで覚えたのか、キングは簡単な食事をトレイに振舞ってくれることが良くあったのだ。トレイといえば理屈はわかるが、だからといって料理が得意というわけではない。レシピ通りに作っても、キングと同じように上手く作ることが出来なかった。そういうとキングは冗談めかして「愛情の差だな」と笑っていた。そのかわりトレイは掃除が嫌いではなかった。気分転換にもなる、すっきりとした机の上は気持ちがいい。論文も不思議と捗る気がした。どんなに掃除をしても論文一本仕上げる頃には、また散らかっているのだが。
 まな板の上に洗剤を延ばして三十分。あとは食器を漂白剤に浸けておけばいい。
 キングを探して背後に振り返ると、椅子を支えにして布団を干していた。どうやらあちらも終わったらしい。
「キング」
「終わったようだな」
 台所を通り過ぎて、玄関に向かうキングを目で追う。キングは黒のダウンを着込んでいる。どうやら外に出るらしい。
「コンビニ行くがお前も来るか」
「あ、行きます」
 行って帰ってくるころには除菌も漂白も終わっているだろう。トレイもコートを手にして玄関に向かった。
 
 
* * *
 
 
 寒空の下、コンビニまでの道程を並んで歩く。雲に太陽が隠れてしまうと途端、寒さが身に染みた。
「夕飯何食いたい?」
「外なら何でもいいですが。あなたが作ってくれるのでしたら……そうですね、寒いから鍋がいいですね」
「いいな、熱燗で一杯」
「オヤジですか、あなた」
「鍋ならスーパー行くか」
 コンビニもスーパーもそれ程離れていないので助かった。スーパーのドアをくぐると、右手にすぐ野菜売り場が続いていた。買うものは決まっている。白菜、葱、エノキ、豆腐。
「肉は」
「鶏肉」
「わかった。じゃあ水炊きだな」
 作るのはキングだが、トレイも任せることはなく一緒に食材を選んでいく。キングから見れば一目瞭然なのだが、トレイがあれでもないこれでもないと野菜を選んでいく姿に、トレイに聞こえないようにキングはクスと笑う。
「キング、トイレットペーパーきれていましたから入れてもいいですか」
「ああ」
 あとは適当につまみになりそうなスナック菓子と、酒類を買い物かごの中に入れていく。レジ間際ふと目に止まって、うさぎの絵が描いてある安いロールケーキを買い物かごの中に入れた。トレイは何も言ってこなかったので、ばれてはいないのだろう。
 会計を済ませると、ビニール袋を一つずつぶら下げて家路につく。
 誰かと並んで歩くというのはいいものだな、とキングは思った。女と付き合ったことは何度かあるが、デートに出かけることはあっても、部屋に入れたりこうして日常の買い物をしたりなどした事はなかった。女と違ってトレイといると気が楽だ。トレイの傍は居心地がいい。もしかしたら、結婚したらこういう感じなのだろうか、と思う。嫁みたいだ。だがそんな事を口に出したらトレイから後で何を言われるかわからない。ふっとキングは鼻を鳴らした。
「どうかしましたか」
「いや、何でもない」
 胸ポケットに入っているはずの煙草に手を伸ばそうとすると、それを目敏くトレイが見つけた。
「キング、歩き煙草はいけませんよ」
「わかってる」
 キングは手を元に戻しながら、空を見上げた。冬の夕暮れは早い。
紺と橙が混じり合う空の端に、一番星が瞬いていた。
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2012/12/29 (Sat) FF零式 Comment(0)
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