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身体的欲求が最初の身振りを引き出し、情念が最初の声を引き出した。情念は人と人を引き付ける。最初の声を引き出させるのは、飢えでも、乾きでもなく、愛であり、憎しみであり、憐れみ。レヴィ=ストロースより引用
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2024/05/19 (Sun)
トレイ×ジャック
トレイお誕生日おめでとう話。

LOVERS' KISS
 
 
 
岩の月一日。トレイの誕生日である。
例年、マザーを囲んで魔導院外局で暮らす兄弟たちとともに、ささやかながら誕生日会を開いていた。マザーお手製のケーキと、普段よりもわずかながら豪勢な食事。兄弟の人数が多い為、誕生日会は毎月のように行われていた。だが毎回主役の変わる催しは、代わり映えのしない外局での生活の中において各々の楽しみの一つだった。
 生活の場が外局から魔導院に移ってから、始めての誕生日。もう誕生日だからといってうきうきと心待ちにするような歳ではなくなったが、それでも『特別な日』であることには変わりない。今年も去年とそう変わらない誕生日がやってくると思っていたのだが、予想は大きく外れた。
現在朱雀は戦時下である。
岩の月一日をもって、皇国軍に侵攻されたルブルム地方を奪還するために『レコンキスタ作戦』が発動したのだ。悠長に浮かれている場合ではない。魔導院に出入りする軍人や教官、候補生の多くが作戦に参加するために慌ただしく動いていた。0組ももちろん作戦に参加し、その結果として華々しい功績を上げることができた。戦に勝った高揚感。いくら冷静さを装ったところで、現実は変わらない。周りの雰囲気に飲みこまれ、流されていくようだった。戦争という非日常が依然として続く毎日の中で、トレイ自身も自分の誕生日があったことなど忘れてしまっていた。
 
 
 
岩の月も半月ほど過ぎた、ある日のことだ。場所は魔導院内にある候補生用の男子寮である。階級や組によって違うのだろうが、0組は幸いなことに個室が与えられていた。壁が薄いことは仕方がないが、それでも最低限のプライバシーが守られるのはありがたい。
コン、コン、コン。
トレイの自室をノックするものがいた。
こんな時間に誰かが来るなど珍しい。時計を見ればまだ消灯時間前だ。確かに誰かが出歩いてもおかしくはない時間ではある。トレイといえばすでに夕食も入浴も終え、明日の予習を軽くしたら後は眠るだけだったが、眠るにはまだ早い。自分に用事がある者というのは広い魔導院の中でもごく一部の者に限られている。寮は女子禁制の為、いくら仲が良くてもシンクやケイトといった女子が来る可能性はない。ならば教官や0組の男子しかいないではないか。トレイは読みかけの魔導書にしおりを挟み、椅子から立ち上がった。
返事をしてドアを開けると、案の定ドアの前にはクラスメイトであるジャックがいた。
「おや、ジャックじゃありませんか。こんな時間にどうしたのです」
「ん~、トレイに渡したいものがあって」
「私に、ですか」
 どうやら授業やミッションのことではないらしい。いくら岩の月といっても夜はまだ冷える。廊下で話し込むのもどうかと思うので、ひとまずジャックを部屋に入れた。
 トレイがコーヒーの一杯でも入れようとして、小さな薬缶をプレートの上に置いた。プレートには魔晶石の欠片が配置されていた。ファイアの力が籠められている、簡易的なコンロだった。直接触れても火傷するほど熱くはならない。その間に勝手知ったる他人の部屋、とでも言うように、ジャックはトレイのベッドに腰をかけた。
「何かしてた?」
「本を読んでいました。急ぎではないですから大丈夫ですよ。それで、私に渡したいものとは一体何です」
「じゃ~ん!誕生日プレゼントだよぉ~」
「たん、じょうび…?私の、ですか」
 何度かまばたきを繰り返して、トレイはジャックを見つめた。そういえば月の初め、一日こそトレイ自身の誕生日だったが、そのことをトレイ自身すっかり忘れていた。クラスメイトのうち誰かが覚えていてくれたのかもしれなかったが、雑談をする余裕もなく、それどころではなかった。
「覚えていてくださったのですか、ジャック」
「あたりまえじゃん。だってトレイの誕生日だよ」
 プレゼントももちろんうれしいが、こんな状況で自分の誕生日を覚えていてくれたことが何よりもうれしい。自然と目じりが下がり、目が細められた。ジャックの隣に腰かけると、トレイはジャックから箱を受け取った。手のひらに収まる小ぶりな箱は、まるでアクセサリでも入っているような、白いリボンがかけられている黒いシックなものだった。
「これは?」
「開けてみてよ」
 ふふふ、と笑うジャックの笑顔を横目に、トレイはしゅるりと音を立ててリボンを解いた。箱の中身は細工のされたチョコレートが五粒、行儀よく並んでいた。箱の表に書かれた店名から、魔導院の中ではけして手に入らない高価なものだとわかる。コルシまでいかないと直営の店舗はなかったのではないか。その店だって、飲食店というよりまるでブティックのような店構えだったように記憶している。ジャックはこれを一体どんな顔をして買いに行ったのだろうか。付き添いを頼んだ女子でもいたのだろうか。聞いてみたい気もしたが、さすがにそれは意地悪だろうかとトレイは思いとどまる。鼻を近づければ、シャンパンやアーモンドだろうか、さわやかな香料と、カカオ特有の芳醇な香りがした。巻貝のような形や、つやつやと色とりどりにコーティングされたチョコレートは見目鮮やかで、口に入れる前からトレイを幸せな気分にさせてくれた。
「ありがとうございます、ジャック。それはそうと、バレンタインデーは一月ほど前に終わっていたのではないでしたか」
「バレンタインは関係ないって。前にトレイ、頭使うときは甘いものがいいんだって言ってたじゃない。だからチョコ選んだんだ」
「あぁ、なるほど」
 そんな話をいつだったか、したかもしれなかった。
「そうですね。たしかにチョコレートには集中力、記憶力、思考力を高めて、やる気を出す成分が含まれていましたね。吸収の時間も考えて、たとえば試験の一時間前に摂取すると効果的だとか。」
「トレイ、僕はそんな話を聞きに来たんじゃないよぉ」
「すみません」
 ぶう、と顔を膨らませるジャックに、トレイは慌てて謝った。いつもの悪い癖が出てしまった。
「ねぇ、どれか食べてよ」
「いいですよ。……そうですね、せっかくですからあなたの手で食べさせてください」
「えぇ?」
「口に入れるだけですよ。ほら。私の誕生日なのですから、少しぐらい甘えてもいいでしょう?」
「んも~、仕方ないなぁ。じゃあ、これ」
 ジャックが選んだのはオレンジ色のプレートが乗っている粒だ。見目通り、オレンジの香りが強い。
「はい、あーん」
 素直に口を開けて待っている姿はまるでヒヨチョコボみたいだが、トレイがそんなに可愛い動物ではないことはジャックも重々承知していた。トレイの口元に近付けると、予想した通り、持っていた指先ごとトレイの口に含まれた。
「僕の指はチョコじゃないよぉ」
「わかっています」
 口にチョコレートと指を含みつつ、トレイは器用に返事をした。
 指先にはまだチョコレートの感触がある。だがそれよりもトレイの口腔の温かさや、指先に絡まるねっとりとした舌の軟らかさに、ジャックの意識は持っていかれてしまう。ちゅぷ、くちゅ、という濡れた音がときどき耳に届くのがたまらなかった。
「ねぇ、トレイ。これってさ……」
「んん」
 これって、疑似セックスじゃないの。
 喉元まで出かかった言葉を、ジャックは飲み込んだ。そんなことを言ったら、トレイが気分を害してやめてしまうかもしれない。それに、なにより止めて欲しくないのは、ジャック自身だった。
「あっ」
止めて欲しくない、と自覚してジャックは急に体温が上がったように感じた。
柔らかいガナッシュの入ったチョコレートは、すでに溶けてしまったようだ。ちゅう、と指先に絡まるチョコレートの残滓もすべて吸い上げられた。指先はトレイの舌しか感じない。候補生にとって武器を扱う手は何よりも大事なものだ。それはジャックも同じで、トレイはけして歯を立てるようなことはしなかった。それでもときどきトレイの犬歯が当たるのを感じる。
普段おしゃべりな口はこんなことも器用にやってのけるのか、と的外れな感心をジャックはしながら、指先に意識を集中する。
僕だったら、興奮したら絶対、指噛んじゃうな。
指を舐められているだけなのに、頭がぼうっとする。働かないのぼせた目でジャックはトレイを見つめるが、いつもと変わらない端正な顔がそこにあった。目を閉じて、ただ夢中でジャックの指を舐めているということ以外は、普段と何も変わらない。女の指と違って皮の厚い、まめだらけな、節くれだった男の指など、舐めても面白くないだろうに。
でも、気持ちいい―――。
はふ、とジャックが息をもらすと、舐めしゃぶる口はそのままに、不意に目を開いたトレイと目があった。満足そうに笑っている。
「あ……トレ、」
見計らったように、薬缶からお湯が沸いた音がした。二人してはっと簡易キッチンの方へ顔を向けると、すぐさまトレイは立ち上がった。
「トレイ、トレイ。お湯沸いてる」
「あぁ、失礼しました」
 トレイの後姿を見送ると、ふぅう、と息を吐いてジャックはトレイのベッドに倒れこんだ。舐められていた指先を見れば、若干ふやけている。頭は依然としてぼんやりしていて、のぼせているようにくらくらする。
「どうしよう……このまま流されそー……」
 それでもいいと思った。
 トレイとジャックは別段、つき合っているだとか、身体の関係があるだとか、そういうわけではない。以前から外局できょうだいとして家族同様に暮らしてきたから、その延長だ。強いていえば、犬猫の戯れに近いだろう。トレイとジャックの間に限らず、エースやナイン、エイト、キングに対しても同様だ。ただ、最近トレイからジャックに対するスキンシップがいささか過剰になってきたようには思う。けれど問題なのはそれがジャックにとって嫌なことではない、ということだった。さすがにこの歳になると眠れない夜に添い寝をしたり、してもらったりすることはなくなった。だが万が一トレイに求められたなら、断ることはないだろうなとジャックは思った。
カチャカチャとカップの擦れる音がして、そのあとふんわりとしたコーヒーの匂いが部屋に漂う。二つのマグカップを持って、トレイが戻ってきた。
「お待たせしました」
ベッドの向かいに置かれたローテーブルに、トレイは湯気の立つマグカップとベッドの上に無造作に置かれていたチョコレートの箱を置いた。
「さっきのチョコ。おいし、かった?」
「えぇ、とても。そうだ、ジャック。あなたもお一ついかがですか」
「え、いいのぉ」
「もちろん」
 トレイは箱の中から白いシュガーパウダーでまわりを覆われたトリュフを、一つつまんだ。そのまま口に入れてくれるものだと思ってジャックは待っていたのに、トリュフはトレイの口の中におさまってしまった。
「あれ~?」
「口あけて下さい」
 ベッドに寝転んでいたジャックの上に覆いかぶさるように、トレイが身を倒してくる。トレイとジャックは、体格差はほとんどない。身長ならばトレイの方が数センチ、体重ならばジャックの方が数キロ、多いかどうかといったぐらいだ。しかしいくら十代とはいえ、候補生として身体づくりをしている二人は大人と同様である。成人男性と同じ体重に圧し掛かられれば、誰だって重い。それを気遣ってか、トレイはジャックに極力体重をかけないようにしていた。
 ジャックの顎をトレイは上向かせて口を開けさせる。その行為にジャックからの、拒絶はなかった。コロン、と飴玉よりも一回り大きなトリュフが口移しでジャックの口の中に押し込まれた。
「ん、ぅ……」
「いいですか、ジャック。噛んだら虫歯になりますからね。口の中で溶かすんですよ」
「絶対嘘でしょ、それ。僕のこと馬鹿にしてない~?」
 くすくすと笑うトレイにジャックは眉を寄せた。でも思い返してみれば、さっきもトレイは舐めてはいたけれど、チョコレートそのものは噛んではいなかったかもしれない。
「でも、噛んだら駄目です」
 ふふ、と笑ってトレイはまたジャックに口づけて、ジャックの口内にあったトリュフを器用に自分の口の中に移した。柔らかいガナッシュのせいで、最初に口に含んだときよりも二重三重に小さくなっているようだったが、鼻に抜ける香りは、甘い。口の中で数回転がすと、トレイは飽きずにまたジャックの口の中にトリュフを移してきた。
「ん、ん……ふっ」
「これはシャンパンですね。知っていましたか、お酒の入っているチョコレートはアルコール成分で身体の血行が良くなって、リラックス効果があるんです」
「ふーん……ん、んぁ」
 トレイの声は耳に心地良いけれど、話の中身は全く頭に入らなかった。先ほどまでジャックの指を執拗に舐めていたトレイの舌は、今はジャックの舌に無遠慮に絡まる。いつだって紳士的な態度を崩さない普段のトレイからは、想像もつかない姿だろう。舌だけじゃない。上顎も、歯列の裏まで舐められて、ジャックは頭がどうにかなりそうだった。
冷めかかっていた熱が、またぶり返してきそうだ。のぼせたように、頬が火照る。チョコレートのアルコールぐらいで酔うはずなどない。ではこの熱は一体何だろう。
「ジャック……」
トリュフはとうに溶けきって、今は甘ったるい香りだけを残していた。だがそれでもくちゅ、と濡れた音を立て、角度を変えながらキスは続いた。それがチョコレートの溶けたものなのか、それともお互いの唾液なのかもわからないまま、何度も蜜を飲み干した。
こんなの、家族や兄弟とするキスなんかじゃない。
これは。
これは恋人とするキスだ。
恋人とするキスがどんなものなのか、ジャックはまだ知らなかった。それでもトレイのキスがどんな意味を持ったものであるのかぐらいはジャックにもわかる。
両頬をトレイの手のひらに抑え込まれて、さらに深いキスをされる。逃げられない。髪の中に指を差し入れ、髪を乱されるように撫でられるが、それも気持ちがいい。駄目だ。触れている唇も、撫でられている髪も、のぼせたような頭も、何もかもが気持ちいい。もっとキスしたい。もっと続けていたい。だが息だけはどうしても続かなかった。
「……ぶぇっ」
 いい加減苦しくなって、噴き出してからジャックは大きく息を吸い込んだ。色気もそっけもないジャックの上げた声にトレイは一瞬驚いたような顔をしたが、つられて笑った。
「くっ、ジャック。あなたという人は」
「トレイこそ、なんだよ~。あんなやらしいキス、ずるいよぉ。いったいどこで覚えたのさ」
「まぁ、いろいろと。勉強や訓練と同じですよ。予習と、復習と、あとは実践あるのみです」
「誰と、実践してるって~?」
「それは秘密です」
 明日は座学が数コマ予定されているだけで、特別に用事はないはずだった。出来ることならこのままジャックと一緒に寝ていたかった。廊下から消灯時間を知らせる寮長の号令が聞こえる。廊下や寮のサロンでくつろいでいた候補生たちの、ぞろぞろと部屋に戻る足音が遠くで聞こえた。
「……どうしますか」
 トレイとしては、ジャックをこのまま部屋に泊らせることに不満はなかった。正直、ジャックがこれほどまでにトレイに答えてくれると思わなかったのだ。頃合いを見て「冗談でした、すみません」と謝るつもりだったし、ジャックから一発ぐらい殴られるのも覚悟の上だった。
それが、どうだ―――。
 ほのかな期待をしながらジャックにトレイは問うたが、トレイの望んだ答えは返ってこなかった。
「あ。僕、帰らなくちゃ。寮長怖いからねぇ~。あの人、クイーンタイプだとおもわない?」
ジャックはこのまま部屋に居座ったら、トレイがこの先を望むことに気付いたのだろう。極力明るい声を出して、勢いよくトレイのベッドから立ち上がった。
「ジャック!」
「じゃあね、トレイ。また明日」
トレイの制止の声も聞かずに、何事もなかったようにジャックはトレイの部屋を出て行ってしまった。ジャックのことだから、明日になっても今までと同じようにトレイに接してくれるだろう。その先に進むのは、トレイ次第、ということか。
「いやはや。なかなか上手くいかないものです。それにしても無自覚というのは恐ろしいですね……。でも、今日はこれくらいにしておいてあげます」 
 ジャックに逃げたれたものの、トレイの胸は満足感で満たされていた。ベッドにはまだジャックの匂いと温度が残っている。ジャックの指の感触も、不器用に答えてくれる舌の感触も、すぐには忘れられそうにない。意識していないとすぐに顔の表情が緩んでしまうのは、仕方ないだろう。
 これはこれで、素晴らしい誕生日になったのではないだろうか?
「あぁ、そういえば。すっかり忘れてしまいましたね」
 ローテーブルには冷えたコーヒーの入ったマグカップが二つ、持ってきたときと同じ状態のまま並んでいたが、それを片づけることなくトレイは眠りについた。
 
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2012/05/05 (Sat) FF零式 Comment(0)
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