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身体的欲求が最初の身振りを引き出し、情念が最初の声を引き出した。情念は人と人を引き付ける。最初の声を引き出させるのは、飢えでも、乾きでもなく、愛であり、憎しみであり、憐れみ。レヴィ=ストロースより引用
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2024/05/06 (Mon)
16289722_p4.jpg ツォン/ルーファウス
 古代種の神殿後、
 怪我をしたツォンのところにルーファウスがお見舞いに来る話
 

社長の特権
 
 
「………」
ぼやける視界に映ったのは見慣れぬくすんだ天井と、冷え冷えとした蛍光灯の光だった。あたりの様子を窺おうとしても、首が左右どちらにも動かなかった。手足を動かそうと思っても動かなかった、というより手足の感覚さえなかった。どうやら堅いベッドの上に寝かされていて、いくつもの計器に繋がれている状態らしい。だとすればここは病院なのだろう。
今は一体いつなのか。
そもそもどうしてこんなところにいるのか。
何も、分からなかった。
誰か近くにいれば良かったが、人の気配はしてもこちらに来そうにない。少しでもはっきりものを見ようと目を細め、ちらと視線を巡らせても、各々ベッドを仕切っているカーテンがかすかに揺れていることしかわからなかった。そこまで確認すると、急に瞼が重くなり、そのまま落ちるように眠った。
 
 
 
「おはようございます。気分はいかがですか」
 若い看護師がカーテンをあけると、朝日が部屋に満ちた。クリーム色の壁が光を反射して眩しい。テキパキと患者の身の回りを整理し、次の作業の準備をする姿は見ていて気持ちがよかった。
「ああ、おはよう。気分もいい」
「それはよかった。体温測定が終わったら、朝食をお持ちしますからね」
 看護師は引き戸になっているドアを開けて部屋を後にした。
場所は要塞都市ジュノンにある神羅の軍病院である。
大きくきり取られた窓の向こうに、ジュノンのよどんだ海と抜けるような青空が見える。境界を切るように、カモメだろうか、二羽の鳥が横切った。
 部屋は広く、一目で特別室だとわかった。恐らく病院の中でも最上階に近い場所だろう。患者用のベッドはもちろん、バス・トイレ、ミニキッチンと簡単な応接セットまで整っていた。そして何より、この景色である。部屋のドアには『面会禁止』の小さなプレートが掲げられていた。
患者の名前はツォン。神羅カンパニー総務部調査課の主任である。社長であるルーファウス神羅の指示の元、黒マテリア―セフィロスを追ってツォンは古代種の神殿へと向かった。セフィロスに黒マテリアを渡すわけにはいかない。それはメテオの発動、すなわち世界の崩壊を意味する事になる。世界がどうなるかなど知った事ではないが、神羅が永続しないのでは困る。何よりもまず、社長の指示だったからだ。ルーファウス神羅はまだ若い、社長に就任したばかりの青年であるが、すでに辣腕をふるっている。元々副社長時代から秀でた才能を持っていた。時折、一回り近く年上の自分よりも、もっと大きな何かを見つめているのではないかと思う時もある。とにかく、自分達はつまらぬことを考えずともよい。それは自分の仕事ではない。社長の意のままに動く駒として、与えられた任務を全うするだけのことである。クラウド一行もセフィロスを追い、エアリスを連れて古代種の神殿に向かっている。都合良く事が進めば、エアリス奪還も有り得たかもしれなかった。
それが、どうだ。
 黒マテリアも手に入らず、エアリスも奪還できず、セフィロスはもちろんのこと、逆に返り討ちにあってしまった。過去の彼を思えばあれはセフィロス本人ではなかったように思うが、自身の腹を切り裂いたのは間違いなく彼が愛用していた『正宗』だった。
身体の痛みが教える。
あれは間違いなくセフィロスだった、と。
 今もツォンの腹部には何重にも包帯が巻かれ、絶対安静が言い渡されている。『タークスのツォン』がここにいることを隠す意味もあるが、身体に負担がかかる意味からも面会禁止が医師から言い渡されていた。
自分がタークスという仕事についてから、最大の失敗だ。
ここ、ジュノンの軍病院にツォンを運んだのは元タークスの面々である。古代種の神殿で瀕死のツォンを助けたのはリーブだった。初めから連絡しておいたのだろう。すぐに昔の上司であるヴェルドや他のメンバーが現れた。しかしヴェルド以外の人物が誰であったのかは覚えていなかった。ミッドガルに運ぶよりも、まずはジュノンに運んだ方が立地的にも、身を隠すためにも好都合だというヴェルドの判断に、ツォンはさすがだな、と思った。ジュノンは常に神羅軍が配備されていることもあり、街の機能はほぼミッドガルと同様のものがそろえられていた。医療水準も変わらない。
古代種の神殿に向かってから連絡が途絶して二週間になるだろう。おそらく自分の捜索のために神羅軍が派遣されているはずだ。しかしそこには何もない。捜索対象がなければ兵士は見たままを報告するしかない。タークスのツォンは作戦中に行方不明になった、と。
「ツォンさんのことは―――社に連絡しときます」
リーブは確かにそう言ったが、聞き間違いだったのだろうか。自分がここにいることは誰にも知らされていないようだ。もし知っているならば、レノとルードがミッドガルから飛んでくるだろう。だが誰かが来た様子はなかった。ヴェルド達も自分をここへ運びこそすれ、その後は一度も顔を出す事もなかった。近しい関係者の中ではリーブだけが、ツォンの居場所を知っていることになるだろうか。
社長には……ルーファウス様には、リーブは伝えたのだろうか。
彼に話せば、遅かれ早かれ見舞いに必ず来るだろう。自身の情けない姿を晒すのは正直辛いものがある。期待されていた任務だったから、なおさら辛い。
そういえばこれ程彼と連絡が途絶えたことは、神羅で仕事を始めてから初めてではないだろうか。彼が父親に軟禁される以前から、少なからず関わりがあった。彼が幼い頃、それは護衛という名の子守りであったり、世話係であったりした。社長となった今は彼の腹心として、サポートに回っている。恐らく彼の父親以外に最も近しい人物はといえば自分であるだろう。自分以上にルーファウスから信頼されている者はいない。それぐらいの自負はあった。
ひどく心配してくれているだろうか。
それとももう死んだものと処理して、日常の業務に戻っているのか。
彼ならばどちらもありそうだった。ルーファウスは無能な人間には冷たい。躊躇せずに割り切る性質だ。任務に失敗した自分は、タークス主任を下ろされるかもしれない。
くっ、と笑おうとして腹部の肉が引き攣ると、痛み止めを処方されているのにもかかわらず、酷い痛みがツォンを襲った。
 
 
 
コン、コン、コン。
ドアをノックする音が病室に響いた。誰だ。面会は禁止になっているはずだが。
返事をせずにドアを見つめていると、からからと静かに引き戸が開いた。ひるがえる白衣。
「調子はどうだ」
「ユージン先生」
 病室に入ってきたのは軍医長であるユージン・ディミトリーであった。軍病院であるため、患者は急患を除いてほとんどが神羅の兵士である。そこで働く軍医や看護師、薬剤師、コメディカルなども全て神羅の軍人と社員など関係者である。このユージン医師も例外ではない。階級としては医師の為に部下はいないにしても、将校クラスが与えられていたはずだ。ツォンはタークスとして軍とは独立して動いている身のため、そう気を使うことはなかったが。
「ええ。おかげですっかり」
「馬鹿言うな。ここに運ばれてきた時は、生きるか死ぬかだったんだぞ。わたしも酷い傷口は散々見てきたが、お前の腹の傷は今までで三本の指に入るな」
「そんなに酷かったのですか」
「もう駄目だと思った。今だって正直な話、油断できん状態だ」
 ツォンは自然と腹部にある傷に手のひらをやった。ツォンの脇には抗生物質、栄養剤、化膿止め、痛み止め等々の薬液が入った点滴袋がいくつも吊るされ、腕には何本もの管が腕に刺さっていた。何度も同じような場所に針をさすために、腕の一部が青痣のようになっている。
「ところでわたしはいつ退院できるのでしょう。もうずいぶん長くベッドの住人になっているようですが」
 初めの一週間は意識がなかった。看護師に言われてやっと時間の経過に気づいたほどだった。早くミッドガルに、社長の元に戻らねば。タークスは現在人員が少ない。ツォンが主任である以上、直接指揮を執らねばならないことは山のようにあった。
「冗談は治ってから言え。全治するまでに早くて三カ月はかかる。その後も経過観察が必要だ」
「それは困る。そんな時間はない。わたしには早く戻らねばならない理由がある」
「縛ってでもここからは出さんよ」
 ぐぅ、と声にならない様子でユージンをベッドから見上げるが、ユージンは首を縦には振らなかった。
「いくら駄目だと言ってもお前はこの病院から抜け出してしまうだろうさ。そうだな……頼むからあと一カ月は我慢してくれないか」
「わかりました」
「瀕死の状態で運ばれた割には元気そうで、正直驚いたよ。魔晄を浴びたソルジャーならいざ知らず、一般人と同じお前がこんな驚異的な回復力を見せてくれるとは」
 褒めているのかどうか疑わしかったが、ツォンはありがとうございます、とだけ言った。
「なぁ、本当にお前さんは魔晄を浴びてないんだろうな?浴びているんだったら治療計画をもう一度立て直さないといけなくなる」
 魔晄を浴びたソルジャーは身体の一部組織が変容する。その為に常人の薬では通用しないことが多分にあったのだ。遺伝子レベルでの変化。それはすなわち人間とは異なる存在を意味している。
「まさか。わたしは一般人と同じですよ」
「流石はタークスってもんだな。なら安心だ」
 ユージンはツォンの診察の結果をカルテに書きこみながら言った。
「ところで早く戻らなきゃいけない理由ってのはなんだ?仕事なんてつまらない事を言うなよ。女か」
「まぁ、そんなところです。一人寝が出来ない寂しがり屋なもので、心配なんです」
「はっはっはっ!お前が冗談言うとは思わなかったな」
 声をあげて笑いながら、ユージンはツォンの病室を出て言った。
 
 
 
 * * *
 
 
 それから数日後のことである。穏やかな午後の昼下がりだった。季節は冬だが、窓から差し込む光と適度な空調管理のおかげで快適だった。する事もないといって雑誌などを広げてみても、疲れるばかりでなかなか読み進められない。眠るわけではないが、目を閉じて横になる。すると足音が病室に近づいてくる気配があった。おそらく複数。それは今まで何度もこの病室を訪れた医師や看護師の誰のものとも違った。急にざわざわと病室の前が騒がしくなり、あと一歩というところまで近づいたとき、ドアをノックする音が聞えた。
 コン、コン、コン。
「失礼する」
 聞き覚えのある声。忘れるはずのない、張りのある若い男の声。主の声だ。
「ツォン、いるか」
 間をおかずに開けられたドアの前には予想通りの人物がいた。
「ルーファウス様……っ」
 神羅カンパニー社長、ルーファウス神羅本人である。いつもの白いスーツにダークグレーのマフラーとコートを羽織っていた。プラチナブロンドの美しい髪に、深く青い瞳、人形のように整い過ぎている顔。髪は普段のきちりと固めたオールバックとは違い、ゆるく掻きあげているだけだった。仕事ではなく、私用とでもいうのだろうか。
 どうしてここに、と口を開く前にずきりと腹が痛み、ツォンはうめいた。ルーファウスを案内してきた看護師の女がツォンを支え、ようやく起き上がった。
「楽にしていろ」
 そうは言っても上司である。窓際に歩み寄るルーファウスの背中をツォンは追った。
「良い部屋だな」
「おかげ様で」
「私は何もしていない」
 窓の外の景色は変わらず、波は落ち着いていた。
「まったく……。どうして、わたしに何も連絡しなかった」
「すみません」
「謝っても、理由は話してくれんのだろうな」
「……すみません」
 外の景色に飽きたのか、ルーファウスは窓辺から部屋の中に向き直り、ソファに座った。
「花瓶なんて気のきいた物などないと思ったからな。これで正解だった」
テーブルの上にはルーファウスの持ってきた小さな籠が置かれていた。籠の中身は洒落たプリザーブドフラワーだった。水の必要のない、枯れない花だ。黄色やピンクなど、明るい色でまとめられている。白一色だった病室が一気に華やいだ。ミッドガルではたとえプレートの上でも、ほとんど花は咲かなかった。花は高級な嗜好品の部類だ。物珍しさにツォンは目を細めた。
「いざ見舞いに来るとなると、月並みなものしか思い浮かばないものだな」
「お気持ちだけで十分です」
「あとは水だ」
 差し入れの袋の中には、数本の水のボトルが入っていた。満足に出歩くことが出来ないツォンにとって、たとえ水一つとってもありがたいものだ。
「すみません」
「いや」
「それにしても……。一体誰があなたに連絡をしたのですか」
 一番気になる事柄だった。誰が、ルーファウスに居場所を連絡したのか。リーブか。
「誰も連絡なんてしてこない。うちがこんなに薄情な奴ばかりだと思わなかったぞ」
「では」
「私の情報網を舐めるなよ。タークスばかりではない事はお前も知っているだろう」
「そうですね」
 今まで何度もルーファウスの持つ情報網によって、助けられている過去があった。それらはタークスの持つ情報網とは独立し発達していて、その全てを主任であるツォンでも知り得なかった。
「心配するな。今いるタークスの連中は誰も知らないだろう。イリーナなんか見ていられないぞ。お前の事、死んだと思っていて、敵討ちするんだと言って毎日うるさい」
「なるほど」
 言葉だけで、イリーナの様子が目に浮かぶようだ。
「それから、レノとルード。あいつらぐらいには、何か言ってやったらどうだ。イリーナほどではないが、だいぶ落ち込んでいる。お前のいないタークスをどうにか支えている、といった様子だが、だいぶきつそうだ」
「そうですか」
現在の神羅の様子をルーファウスの口から聞くのは、ひどく新鮮な気がした。それはそうだ。いつも報告をするのは自分の仕事だったのだから。
「まぁ、仕事自体は心配ないが、気力の問題だな。せっかくの機会だ、ゆっくり休め」
「はい。そうさせてもらいます」
 ルーファウスは組んでいた足を組み直すと、ふ、と笑った。
「私もお前の顔を見て、安心したよ」
「ルーファウス様?」
 あまりにも意外な言葉にツォンはつい、名前を読んでしまった。彼が、ルーファウスが自身の心情を漏らすなど、今まであっただろうか。ツォンは長い時間彼と共にいたが、ほとんど聞いたことがなかった。
「なんだ。わたしはそんなに人非人か?」
 ふん、とルーファウスは鼻を鳴らし、信じられないものを見るような眼で見つめてくるツォンに、ふてくされた様子で聞いた。
「いえ、そうではありませんが」
「ところで……。ここに世話をしてくれるような女はいないのか?」
「いませんよ」
 ツォンの返答にルーファウスは形の良い眉をひそめた。いくら病室とはいえ、部屋が殺風景過ぎる。話し相手になるような女がいれば、いくらか違うというものだろう。
「ミッドガルに置いてきたのなら、呼び寄せればいい」
「本当に、そんな女性はいませんよ」
「ふん、つまらんな」
 女の一人も作れないとは、情けない。それほど仕事で忙殺させたつもりはないのだが、これからは仕事の配分を考えねばならんな、とルーファウスは思う。
「何か必要な物や欲しいものがあれば、遠慮なく言いたまえ。出来るだけの事はしよう」
 ルーファウスはソファから立ち上がり、横になっているツォンに近づいて、顔を上から覗き込むように言った。
「……ルーファウス様」
「なんだ……うわっ」
 近づいていたルーファウスの腕を引きこみ、頭を自分の胸にツォンは抱き寄せた。消毒液の匂いが鼻につく。
「あなたは心配して下さったのでしょう。ここまで来たということは、私が生きている事を確かめたかったのでしょう」
「随分、大胆だな」
「生きていますよ、ほら。ご自身で確かめて御覧なさい」
 ドクン、ドクン。ドクン、ドクン。
 たしかに、ツォンの鼓動は正しいリズムを打っていた。男の胸に抱かれるなどそうありはしない。恥ずかしくて仕方なかった。頬が火照るのが分かる。それでも黙って、耳を澄ませて、目を閉じて、ツォンの心臓の音に聞き入る。
ドクン、ドクン。ドクン、ドクン。
 子どもをあやす様に、ツォンはルーファウスの頭を撫でた。ルーファウスが強がっていた事を見透かすかのような、優しい手のひらだった。
「あなたが来て下さって、嬉しかったですよ」
「うるさい」
「あなたの事が、心配だったんですよ」
「心配したのは私の方だ」
「あなたを一人残したりなんて、しません」
「あたりまえだ、ばか。……早く、戻ってこい」
早く戻ってこい。その言葉が精いっぱいだった。
ツォンの言葉はまるで睦言のように、ルーファウスを安心させた。ツォンの言葉は、本当は、全てルーファウスの感情だった。
ツォンの姿を見て安心したことも、病状を心配したことも、一人残されるという恐怖も。
しばらくツォンはルーファウスの頭を撫でていたが、どちらからともなく離れた。これ以上長居をしたら、治るものも治らない。
「タークス主任の席は残しておいてやるから、しっかり怪我を治すのだな」
 じゃあな。
 そう言うと、ツォンの胸に指を付いて、ルーファウスはツォンの病室を後にした。
 
 
* * *
 
 
「なんだと!」
 ツォンが作戦中に行方不明となった報告を聞き、ルーファウスは愕然とした。
古代種の神殿の入り口に大量の血液。しかしそこには誰かがいたという痕跡のみで、人間の死体はなかった。古代種の神殿の周りは奥深いジャングルになっている。凶暴なモンスターも数多く生息している。ならば襲われたのか。モンスターだけが相手ではない。ツォンは彼自身が神羅の機密情報の塊である。生きていてどこか別の組織の人間に利用されるかもしれない。たとえ死んでいても情報だけが生きることもある。彼ならば利用される前に情報を破壊し、自害を選ぶだろうが、そんなものは当てにはならない。
しらみつぶしに神羅兵に古代種の神殿の周りを捜索させたが、ツォンの死体が出てくることはなかった。
「そんな……。まさか。ツォンが死ぬはずなんて、無い。あいつが死ぬなんてことは、あり得ない」
周りの人間から見ても、自分はひどく憔悴しきっていただろう。腹心とも言える男が行方不明なのだ。仕事も私生活も、どんな時も、誰よりも頼りにしていたあの男が。
 ツォン、どうして連絡をよこさない? 連絡が取れないほど火急の事態なのか?それとも連絡が取れない、何か別の理由があるのか?
報告にあがってきた資料をめくると、神殿の入り口に残っていた大きな血痕の写真があった。網膜に焼きつけられるような、目を逸らしたくなるような、大量の血液。これだけの出血があるならば、そう遠くに行けるはずがない。ウッドランドエリアはミディールエリアとジュノンエリアに挟まれており、孤島が数多く点在する地域である。距離からすればミディールが一番近い街だが、あそこには温泉がわく小さな集落があるだけである。ならばミッドガル同様近代化が進んでいるジュノンに向かったのか。
 でもどうやって?ツォン一人で動けるはずがない。協力者がいるはずだ。タークスの様子はどうだ?何か事情を知っていれば落ち着いているだろう。
だがこちらもルーファウス同様混乱していた。イリーナに至っては「ツォンさんの敵は必ず討ちます!」と泣きじゃくり、悲しみを隠そうともしなかった。イリーナは仕事は出来ても感情を隠すことはさほど得手ではない。だとすれば、ツォンを助ける協力者など限られている。彼らしかいない。ヴェルドと元タークスの面々。彼らが関わっているとするならば、少しは安心していいのだろうか。
それでも。それでも一目、ツォンの顔を見て置きたかった。
全てが憶測でしかない。なにも確証がない。普段使用していないデータベースを開き、ルーファウス自ら裏の情報屋に連絡を取り合った。そこで情報を得た時期と、リーブに何度も問いただして、やっと口を割らせた時期は、ほぼ同時だった。
「……はっ…!」
息が、詰まる。これほどまでに安堵したことなど、今まであっただろうか。ぐったりと椅子に深く座り、しばらく動く事が出来なかった。ツォンが行方不明になって二週間。ようやく手に入れた情報だった。明日は仕事を休んでいる場合ではなかったが、無理やり休暇をねじ込んだ。部下にヘリの手配をする。レノ達は不信がったが、今ここでタークスを連れていくわけにはいかない。ツォンはおそらく、何か理由があってタークスに連絡をしていないのだろうから。ルーファウス自身にも連絡は何もなかったが、そんなものどうでもいい。押しかけて無理やりにでも問いただすまでだ。別組織のSPを二名連れて行く。これでいい。
考えてみれば、ツォンが自分の警護やタークスとして付くようになってから、これほどまでに離れたことなど一度もなかったのだ。ただの一度も。二週間という時間も、距離も。たとえ一カ月以上かかる任務に就いたときでさえ、定時報告として毎日のようにメールや電話は受けていた。
それが今回はない。何もなかった。たった二週間連絡が取れないだけで、こうも不安にさせられるものなのかと身にしみた。
どれだけ自分が彼を頼りにしていたのか。
どれだけ彼を支えにしていたのか。
ツォンがいなくなるなどと、考えた事もなかった。生死をかけるような危険な任務に就くことも多いタークスである。頭ではわかっていたが、だからといってツォンが死ぬなんて事は一度として考えた事がなかった。傍にいるのが当たり前になり過ぎていたのだ。
情報を集めてツォンが生きているという結論を立ててみても、やはり本人を見るまでは、と頭の隅では信じていなかったのだろう。病室で初めてツォンの顔を見た時、泣きださなかったのは奇跡に近い。
クラウド一行、セフィロスの行方、メテオ。世界の崩壊を決定してしまうようなおぞましい「ウェポン」の存在。今もここから見えないこそすれ、この大空のどこかを異形のものが飛びまわっているのだろう。ウェポンに対して世界最強と謳われた神羅の兵器がことごとく通用しないなどと、悔しいどころか笑いさえ出てくる。これ以上失態は許されない。これ以上何も失うことなど出来ない。世間での神羅カンパニーの評判は初めからいいものではないが、最近特に落ち込んでしまっている。使えない役員共と、思うように解決しない問題が山積みだった。誰にも、何にも頼ることはできない。全て投げ出してしまいたいが、そうもいかない。最悪の状況下での、たった一つの、希望。
いつだってツォンが支えてくれた。
どんなときも。父親に幽閉された時も、ダークネイションがいなくなった時も。ルーファウスの傍には必ずツォンがいてくれたのだ。何か特別な事や助言をしてくれたわけではない。ただ、傍にいてくれたのだ。そしてこれからも、傍にいて欲しい。
生きていてくれてよかった。
ツォンが生きていてくれて、よかった。
 
 
* * * 
 
 
「ルーファウス様、お時間です」
「解っている」 
 端末にSPから連絡が入ると、ツォンの病室を後にした。軍医長であるユージン医師には数万ギルを握らせ、完治するまで病室から出すなと言い含めた。胡散臭い男ではあるが、仮にも神羅の軍医長を務める男である。医師としての腕だけならば信頼できる。ツォンに面会する前に病状を聞いた。ユージン医師から、やはり生きているのが不思議なくらいだという説明を受けた。実際のところそれは脅しでも何でもなく、真実なのだろう。駆け引きやビジネスならばともかく、医療に関しては畑違いもいいところだ。今はこの医師を信用するしかない。
「ユージン先生。彼の事を、よろしくおねがいします」
「いやいやいや。社長から頭を下げられるなんて、とんでもない」
 軍病院を出ると神羅軍のヘリポートにすでに準備されているヘリに、ルーファウスはわき目も振らずに向かった。ヘリの撒き散らすような豪風と強い海風が、ルーファウスの髪を乱した。バリバリとプロペラの轟音が鳴り響く。ルーファウスがコートをひるがえしながらヘリに近づくと、SPの男がドアを開いた。ミッドガルに戻るのだ。休暇は終わりだ。明日からまた忙しくなる。ルーファウスがシートベルトを装着したのをパイロットが確認すると、ヘリは轟々と旋回しながらジュノンの街並みを一望するほど高度を上げた。
 
「嬉しいものだよ。普段守られている私が、こうしてお前を守れるということが。これも社長の特権かな」
そうつぶやくと、ルーファウスはヘリの小窓からジュノンの街並みを見つめた。              【終】
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2012/05/05 (Sat) FF7 Comment(0)
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