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身体的欲求が最初の身振りを引き出し、情念が最初の声を引き出した。情念は人と人を引き付ける。最初の声を引き出させるのは、飢えでも、乾きでもなく、愛であり、憎しみであり、憐れみ。レヴィ=ストロースより引用
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2024/09/21 (Sat)

FF7 セフィロス+ルーファウス
立場が邪魔をする二人。
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 After the party

 
魔晄都市ミッドガル。
 中央の零番街に七〇階もある神羅ビルを据え置き、その周りにはプレートが八つ放射状に配置されている人工の都市である。プレートは上層部と下層部に分かれ、上層部には都市や市街地が形成され、下層部にはスラム街が広がっている。上層部はミッドガル・ハイウェイが走り、上層部と下層部は列車が螺旋状に走り、繋がっていた。煌々と光るネオンライト、車のハイビーム。途切れることのない雑踏の群れ。唸りを上げるモーター音。豊富な魔晄エネルギーのおかげで、まさにミッドガルは眠らない街だった。
場所は八番街。
【LOVELESS】の常設劇場があり、『LOVELESS通り』という作品の名前を冠に付けた通りまである。八番街はミッドガル一の歓楽街である。ここで手に入らないものはないもないのではないかと思われた。八番街の中でも立地的に零番街に近いこの地区は、ひと際高級な店がひしめき合っている。ブランドショップや、名高いレストラン。店だけではない。通りを闊歩する人々も恐らく、上層部の中でもさらに一握りの選ばれた人々だろう。
 時刻は二十時を回った。
ちょうど舞台が終わったところなのか、どうと観客が劇場の入り口から吐き出されるように出てきた。そのまま駅に向かうもの、車を拾うために一歩道路に足を踏み入れるもの、近くのクラブヘ飲みに行くもの。そして女の肩を抱いてホテルに足を向けるもの……。
 そんな人々の様子を、グラスを持ち、窓辺に寄りかかりながらつまらなそうに見下ろす青年がいた。
「ルーファウス様」  
「おや。これはS&G重工のギーレンさんでしたね」
 ルーファウスと呼ばれた青年は、自分よりも二回りも三回りも年上の、貫禄のある男に微笑み軽く会釈をした。パーティーの主催の一人だった。
「ご無沙汰しております。今夜は御父上とご一緒ですかな」
「えぇ。社会勉強の一環として」
「はははは、それは。どうぞ今宵はパーティーをお楽しみください。それでは、後ほど」
今夜、ここ『ホテル シャングリ・ラ』でミッドガル中の企業の重役たちが集まるパーティーが行われていた。大通りを挟んだ劇場の真向かいにある、ミッドガルを代表する高級ホテルである。
青年の名はルーファウス・神羅。まだ少年の域を出ない歳といってもおかしくなかった。本来ならば、このようなパーティーに似つかわしくない存在だったが、彼だけは特別だった。ミッドガルを、いや世界を代表する企業『神羅電気動力株式会社』、通称神羅カンパニーの御曹司だったからだ。四〇〇人を超える参加者の中でもひと際目立つ、特注の白いスーツ。そして何よりその美貌。金髪碧眼というのはいつの世も変わらない美人の代名詞である。彼の場合は幾分青みがかってはいたが、それでもなお美しかった。うっすらと赤みがかった金髪を後ろへ軽く撫でつけている。整い過ぎているきらいはあったが、話しかければ歳相当の愛らしさも見える。
 今夜の仕事は、父親であるプレジデント神羅と共に、パーティーに参加し、愛想笑いを振りまくことだ。本来の『仕事』の部分は父親がやる。父親から与えられた役目をそつなくこなせば、あとは好きにしていい。他企業の役員夫人達もルーファウス神羅が出席する事は知っていた。遠巻きに眺めているだけのものや、積極的に話をしようとするものなど、何人もの女が彼に近づいた。だがルーファウスはそのどの女にも、一歩引いた姿勢は崩すことなく、正しく対応していた。彼ぐらいの年齢ならば、少しぐらい女が擦りよればすぐに陥落する。それなのに。派手な見た目とは裏腹に、彼の羽目を外さない品質公正な姿もさらに好感を持たれる一つの理由であった。
「そういえば、あいつの姿が見えないな……」
 ぐるりとパーティー会場を見渡しても目的の人物を見つけられずに、ルーファウスは少しだけ苛立った。自分と同じように、よく目立つ容姿をしている、彼。今夜、同じパーティーに来ているはずだった。英雄セフィロス。神羅が誇る私設兵士集団『ソルジャー』1stであり、またソルジャ―全体の実質的トップであった。メディアもこぞって彼を報道したために、彼の名前を知らないものはミッドガルどころか、世界中にだっていないだろう。実績や人柄もさることながら、二メートル近い身長と、流れるような美しい銀髪が美しいと評判だった。子供のみならず、万人から絶大な人気を集めていた。
 ルーファウス神羅と英雄セフィロスが揃うことなどめったにない。今夜のパーティーには彼らを一目拝んでおきたいとパーティーに参加した者も数多くいる。ルーファウスは取り巻きをあしらい、もう一度会場を見まわした。やはり彼はいない。正面に視線を戻すと、急に人影が目の前を通り過ぎた。
「あっ」
「おっと失礼……。これは、ルーファウス様ではないですか」
 どん、と音を立てて男の背中にルーファウスはぶつかった。グラスに何も入っていなかったのが幸いだった。男はふらついたルーファウスの手首を掴み、危うく倒れそうになるところを助けた。
「すみません。余所見をしていたようです。ミスター・ベイライン」
「お怪我はありませんか」
「あなたこそ」
 ベイラインと呼ばれた男はルーファウスと顔見知りだった。二十代後半の青年実業家である。何度かこうしてパーティーの場で話したことがあり、歳も他のもの達よりかは近いせいもあって、気安さもあった。ルーファウスの手からグラスを取り上げ、近くを取り過ぎたウエイターに預ける。
「ルーファウス様、これからお時間はおありですか。あなたとは、一度じっくりお話ししてみたかった」
「私も。先ほどからこのパーティーに飽き始めていたところです」
「それはよかった。ここは息苦しくて仕方がない」
 
 
* * *
 
 
 華やかに着飾った女達や自慢話をする男達の間をくぐり、ルーファウスとベイラインの二人はホールを抜け出た。外に出ると同じような境遇の者たちが廊下の隅に設置されたスツールに座っていた。豪奢なシャンデリアが吊るされ、隅には大きな花も飾られていた。ミッドガルでは珍しい、生花だった。ホールの外で話すのかと思っていたルーファウスは、歩みを止めないベイラインを呼びとめた。
「どこへ、行くのですか」
「商談用の個室があります。あなたも静かな部屋の方がいいだろうと思いまして」
 廊下を挟んだホールの向かいには、ホールの五分の一ほどの小さなサロンと、いくつかの個室があった。どうやらこのパーティーはフロアを全て借り切っているようだ。開かれたままのドアからサロンの中を覗けば、そこにも人はいた。思ったよりも大勢の人々が参加しているのだろう。ベイラインに気づいたボーイがある部屋に案内した。
「こちらです」
ドアを閉めると、外の喧騒はほとんど聞こえなくなった。
 振り向きざまにベイラインを見ると、ルーファウスは細い手首を掴まれキスをされていた。
「な……っ、ん」
「ドアに鍵はかけませんよ。ご安心ください」
「何」
「まぁ、おかけなさい」
ベイラインに促され、部屋の中央に置かれたソファに座る。案内された部屋は至ってシンプルだが、一目で一級品とわかる家具でそろえられていた。普段は客室として使われているのだろう。ソファと、いくつかのスツール。部屋の隅には小さいながらも立派にアルコールのカウンターも設置されていた。奥にはバスルームとベッドルームがあるのだろうが、リビングからはドアの存在しかわからなかった。窓からはミッドガルの夜景が見える。赤いテールランプが連なり、ミッドガル・ハイウェイを流れて行く。そういえばここも高層階だった。
「何か飲みますか」
「いや」
 ベイラインはそうですか、というとカウンターに背中を預け、座っているルーファウスを見下ろした。
「あなただって、何をするかわかっていてついてきたのでしょう。違いますか。別に無理強いしたいわけではない。だから鍵もかけない。逃げたければお好きどうぞ」
「……」
「でも頭が良いあなたのことだから、ここを出ていくようなことはしないはずだ。これから先、ベイライン商事との繋がりが欲しいでしょう。あなたはまだお若いが、今から仲よくしておくことに早すぎるということはない。必要があれば私が口聞きしよう。大いに利用したまえ」
「随分と、勝手なことを言う」
 ベイラインはルーファウスの隣に腰掛け、ルーファウスの白魚のような手を取り唇を押し付けた。じっと、上目遣いでベイラインはルーファウスの反応を見る。しかし、当のルーファウスは何の感情も含まない目で、ただただ見下すばかりだった。
「だがどんなことにも取引というものは必要なのですよ。君の身体に価値があるとわかっただけでもいいじゃないですか。こんなことは、君のお父上だって教えてくれなかったでしょう」
 止めないことをいいことに、調子に乗ったベイラインはルーファウスの首筋にも唇を押し付け、キスをしてきた。このままだと冗談でなく押し倒されかねないだろう。さすがに気持ち悪くなり、ルーファウスはどん、とベイラインの胸を押し、立ち上がった。
「申し訳ないが、あなたの誘いには乗れない。ミスター・ベイライン」
「何故」
「手間がかかり過ぎるからだ。わたしならもっとスマートな方法をとる」
「どんな」
ガチリ。
いつの間に出したのか、ルーファウスの手には短銃が握られていた。銃口はぴたりとベイラインのこめかみに添えられている。少しでもルーファウスの指先が動けば、ベイラインの頭は打ち抜かれるだろう。今夜は客人が多い。騒ぎを起こしたくないのは誰もが思うところだ。ルーファウスに本気で撃つ気がないことは、ベイラインにもわかっていた。
「……残念だな」
 ベイラインがふん、と鼻を鳴らして両手をあげ降参の態度をとる。ルーファウスも黙って短銃をしまい、ベイラインに乱された襟を正した。
「それでもセフィロスとは寝ているんだろう」
「男と寝る趣味がないだけです。彼とはただの友人ですよ」
 つまらない噂話はルーファウスの耳にも入っていた。根も葉もないデマだった。自分はともかく不本意な噂に友人を巻き込むのは嫌だったので、蛇足ながらも釘をさす。
「残念です。わたしがもっと幼ければ、黙ってあなたに頷いて股を開いたでしょうが。悲しいですね、身体でしか関係を築けないというのは」
「しかしそれが最も確実で簡単な方法だよ。世の中、私のような紳士ばかりではないからね。気をつけたまえ」
「本当に残念だ。あなたとは建設的な話が出来るかと期待していたのに。それでは失礼します、ミスター・ベイライン」
 ベイラインをソファに残したまま、部屋の出口に向かいルーファウスは歩き始める。ベイラインは振り向きもせずにルーファウスに向かって、声を投げかけた。
「そういえば、あの黒服はどこへ行った。いつも君の周りを取り巻いている男たちは。彼らがいれば、こんなことにならなかったろうに」
 ルーファウスはその言葉に答えず、静かにドアを閉めた。
 
 
* * *
 
 
 パーティーホールに戻ると、ウエイターから水の入ったグラスの受け取り、ルーファウスは一気に飲み干した。パーティーはいよいよ盛り上がりを見せている。もうさすがに来ているだろうと、目当ての男を捜すと、いた。長身かつ長い銀髪の男などそうそういるわけなどないから、見間違えるはずもない。お仕着せの黒い礼服を身につけている。似合わないことこの上なかった。見知らぬ女を二人、両脇に侍らせてホールの隅にいるのが見えた。
あいつ、何しているんだ。
人をかき分けて、まっすぐとセフィロスのところに向かう。正面からやってくる白いスーツの男に気付いたのか、セフィロスもおう、と声をかけた。
「おい、セフィロス。人寄せパンダのくせに何しているんだ」
「お前だって今までどこにいた」
 探したんだぞ、とルーファウスを見下ろしながらセフィロスは言ったが、ルーファウスは眼を合わせようとしなかった。
「ちょっとな」
言葉を濁すルーファウスは無意識にか、首筋に手を伸ばした。眉間にしわを寄せて、何度か擦るようなしぐさをするのを、セフィロスはじっと見ていた。微かに指先が震えているように見えるのは、気のせいだろうか。
視線に気づいたのか、ルーファウスはセフィロスを見上げた。
「なんだ」
「いや、別に」
 女どもを余所へ払うと、二人は壁を背にしてホールを見つめていた。ルーファウスとセフィロスがパーティーに揃ったとあって、隙があれば人だかりができそうだ。現に何人かがこちらを様子見しているのが分かった。あいつらに捉まればまた長い時間ここにいなくてはならなくなるな、とどちらともなく溜息がこぼれた。
「お前、親父には会ったか」
「一応な」
 親父というのはプレジデント神羅のことである。一応上司からの命令でのパーティー参加だ。挨拶を済ませていれば、形ばかりでも参加したことになるだろう。プレジデントからすれば、セフィロスとルーファウスを並べて他の客人達に見せびらかしたい気持だったのだろうが、そんなことまで付き合いきれないのが正直な気持ちだ。華やかな女達だけならまだしも、つまらない年寄り達の話などまっぴらごめんだった。
「おいルーファウス」
「なんだ」
「このままパーティーを抜け出さないか。どうせわかりはしないだろう」
お互い、いい加減この無意味なパーティーに飽きてきたところだった。ルーファウスに断る理由はなかった。
「そうだな。ここには何で来た」
「車」
「なら好都合」
話が決まるが早いか、二人はすぐにホールを後にした。
 フロントで車の鍵を受け取ると、ホテルの地下駐車場に向かった。
「ふん、いい車乗っているな」
「おかげさまで」
 セフィロスの車は黒のスポーツタイプだった。もちろん二人乗りだ。迷うことなく身体を助手席のシートに滑らせ、ドアを閉める。バン、と誰もいない駐車場に音だけが響く。鍵を回すと、ブンと低くエンジンが唸りを上げた。振動も心地いい。
「これからどうする。どこかで飲み直すか」
「それなら私の部屋がいい。部屋にはないもないから、適当なところで店に寄ってくれ」
「オーケイ」
 アクセルを踏み込むと、車は静かにスピードを上げた。街はまだ喧騒に包まれている。夜はこれからだ。セフィロスの車は大通りに出ると、ミッドガル・ハイウェイのインターチェンジに向かった。
「セフィロス」
「何だ」
「ありがとう」
 運転席のセフィロスを見て、ルーファウスはふふ、と笑った。
「何のことだ。それにお前に礼を言われるなんて、気持ち悪い」
「はは…わからないなら、いい。聞き流してくれ」
 ハイウェイのオレンジ色の電灯が道路を照らす。週末ということもあってか、普段よりも幾分混み合っている。光の点滅が尾を引いて残像のように残るが、それが面白くて飽きずに窓の外ばかりをルーファウスは眺めていた。セフィロスも女をたまに乗せることはあっても、日常的に誰かを乗せるということはしない。不思議な気持ちでハンドルを握る。ちらりとルーファウスに視線を向けても、やはり首筋に手のひらを置き、顔を窓に向けている。窓ガラスに映った顔も、光源が小さなせいでよくわからなかった。
ラジオからは低音の女が歌うバラードが流れていた。心地いい。だが普段の自分達と比べたらあまりにも不釣り合いだった。同じことを考えていたのか、今まで静かにしていたルーファウスがくっくっ、と声を抑えた笑い声が聞える。
「何だ」
「いや、似合わないと思って」
「俺も思っていた。ラジオの選曲なのだから仕方ないだろう。俺の趣味じゃない」
「でも同年代の奴らなら、こんなものじゃないか」
 あはは、とルーファウスが声に出して笑った。珍しい。笑うと歳相当の顔になるのだ。言うと怒られそうだから黙っているが、本当に可愛いのだ。口に出せない分、セフィロスは憎まれ口を叩いた。
「隣が女なら、もっとよかった」
「悪かったな、男で」
 
 
* * *
 
 
 窮屈な礼服は部屋に入ってすぐに脱いだ。ワイシャツ一枚とスラックス姿になり、首元を緩めるとようやく一息つけた気持ちになる。脱いだ上着を貸せ、とハンガーを持ったルーファウスがセフィロスに対して手を伸ばした。脱いだままにしておかないあたり性格が出るのだな、と思う。
「この家、いつ来ても冷蔵庫の中に水しか入ってないな。普段、飯、どうしているんだ」
「外で済ませている」
 勝手知ったる他人の家、というようにセフィロスはルーファウスの自宅の冷蔵庫を開けて覗きこむ。見事にボトルに入ったミネラルウォーターしか入っていなかった。
「家から出ない時だってあるだろう」
「食べない」
「お前な」
 どかりとソファに座ったルーファウスは、ふふ、と笑った。
 ルーファウスのマンションは五番街の中でも零番街、つまりミッドガル中心部に一番近い地域にあった。高級マンションが乱立する、ミッドガルの中でも資産家が多く集まる地域である。窓からは目の前に神羅ビルが見える。この部屋の場所も三〇階は越えている。部屋はごくシンプルな造りで、男の一人暮らしには十分だ。部屋だけは無駄に広かったが、リビングにはソファとテレビと、お飾り程度に背の高い観葉植物の鉢が置かれていた。名前は知らない。モノトーンで統一されていて、普段のルーファウスの格好と同じだった。
この部屋で食事をしないというのは本当だろう。キッチン周りもまるで生活感がなかった。ここに来る前に立ち寄った深夜営業の店で、缶ビールとスナックを買ってきたのを思い出し、袋を漁る。適当にローテーブルに広げると、ルーファウスはすぐ手を伸ばしてきた。プシッと炭酸の抜ける音がする。缶ビールの蓋を開けるとルーファウスはすぐに口をつけた。セフィロスもルーファウスと同じソファに座り、缶のプルタブを開けた。
「ならランチでも、ディナーでも。お前が私を誘えばいい」
「本当に迎えに行くぞ」
「いいよ。お前が来るなら、都合つける。いつでもいい」
 何でもない、というようにルーファウスは言った。お互い忙しい身だ。どれくらいの確率でそれが叶うのかと考えると、はるか先のことのように思える。
「ツォンがうるさいだろうな」
「ほうっておけ。あんなの、ただの監視役だ」
 ぐい、と缶ビールを飲み干す。どんなに高級な料理屋で最高のワインを飲んだって、こうしてセフィロスと飲む缶ビールの方が何倍だっておいしい。他愛のない話をしているだけなのに、この満足感は何だろう。
 不意にセフィロスがルーファウスに近づき、あの男からキスされた首筋の場所に重ねるように唇を這わせた。
「ふふ、何」
「見えるところに残されてはな」
「……なんだ、わかっていたのか」
 そんなつもりないのに。相手はセフィロスなんだから怖いことなど何もないのに。身体というものは正直なもので、少しだけ震えた。
「キスだけだ。安心しろ」
「わかってる」
 震える身体を押さえつけるようにセフィロスはルーファウスを抱きこんだ。ルーファウスが目を閉じてふぅ、と深呼吸をひとつすると、セフィロスはそっと離れた。
「好きでもない奴にキスされて、気持ち悪かった」
「あたりまえだ」
「セフィロス、怒っているのか。意外と嫉妬深いのか」
「独占欲といってくれ」
 その言葉にあはは、と声をあげてルーファウスは笑った。
「言っておくが、おれは誰の者にもならんぞ。親父のものにも、会社のものにも」
「俺の物にもか」
「そう。お前はおれのものだが」
「欲深いな」
「独占欲といってくれ」
 セフィロスに同じ言葉を返し、お互い笑った。
 
 
* * *
 
 
 朝日がミッドガルの街を照らした。マンションよりも高いものなど近くには神羅ビルぐらいしかない。ルーファウスの部屋の中にも、朝日が降り注いでいる。ルーファウスは目覚ましを止めると、さっさとバスルームに姿を消した。時間にはきちりとしている男なのだ。セフィロスは今日はオフの予定だが、ルーファウスはいつも通り仕事なのだろう。初めからパーティーの予定が分かっていたのだから、次の日は休みにすればよかっただろうにと思う。届けられた新聞を片手にソファに行くと、昨晩飲み散らかした缶ビールやスナックの袋が散らばっていた。ルーファウス本人が片付けるとは思わないので、適当にキッチンにあるごみ箱に投げ込む。片付けの駄賃代わりにコーヒーの一杯も頂こうかとキッチンの棚周りを見たが、インスタントコーヒーさえ見つからなかった。高そうなコーヒーメーカーは堂々と鎮座しているのに。カップだってソーサー付きで揃っているのに、肝心のコーヒーがなかった。信じられない。仕方ないので、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを一本取り出した。
八時ちょうどにルーファウスの部屋の端末が鳴った。
おそらくタークスのツォンだろう。いつもルーファウスの背後に控えている黒髪の男だった。ルーファウスから時間になればツォンがマンションの玄関まで迎えに来ることを聞いていた。立ち上がって端末の置いてあるテーブルに近づく。勝手に端末を開くと、そこには黒服の男が映っていた。黒髪のオールバックの男。
『失礼します。ルーファウス様、お迎えにあがりました』
やはりツォンである。週末なのに仕事とはご苦労なことだ。
「ツォンか」
『……セフィロス。ここで何をしている』
 端末から聞こえた声がルーファウスのものでないことに、ツォンはいささか驚き、眉をひそめた。彼が他人を部屋に入れることなどない。友達も女もいるが、部屋に入れることなどありえなかった。ツォンでさえ、ルーファウスの自宅の中まで入る事は数えるほどでしかない。
「友達の部屋にいておかしいか」
『ルーファウス様を抱いたのか』
「まさか。友達を抱くわけがないだろう」
 ツォンの下衆な言い方にセフィロスは溜息をついた。
『ルーファウス様は』
「風呂にいる」
 バスルームからはまだ水音が聞こえる。ルーファウスが出てくるまでもうしばらくかかるだろう。
「ツォン。あいつの護衛なら、もっと近くで守ってやれ。護衛はお前たちの仕事だろう。俺の仕事じゃない」
『パーティーで何かありましたか』
「気づいていたくせに。ほうっておいたのか」
『あれもルーファウス様の仕事の一つですから。私どもが口出すことではありません』
「いけ好かんな」
『あなたと相容れることが出来ると、思ったことなどありませんよ」
 ツォンとつまらない話をしているうちに、ルーファウスがバスルームから出てきた。白いバスローブに、濡れた髪のままだ。頭にタオルを被ったまま、ペタペタとスリッパで部屋を歩き回る。冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのボトルを取り出すと、そのまま口をつけた。
「ルーファウス」
セフィロスが端末を投げると、空いている片手でルーファウスは器用に受け取った。
「なんだ。ツォン、来ていたのか」
『午前の会議に出席していただかねばなりませんので、お迎えにあがりました』
「わかった。一〇分待て。車を回しておくように」
『はい。それでは』
 必要なことだけを口にして、ルーファウスはプツリと端末を切る。
「ツォンと話したのか」
「あいさつ程度だ」
「そうか」
 バサバサと乱雑に髪をタオルで乾かしながら、ルーファウスはセフィロスに背を向けたまま言った。
「なぁ、セフィロス。お前、迎えに来いよ。必ず。昨日乗ってきた車で」
「あぁ」
「助手席、開けておけ」
「わかった」
「いつも運転席の後ろだからさ。助手席って新鮮なんだ」
「そうだろうよ」
「あと、何か音楽見つけておくよ。お前が好きそうなの」
「よろしく頼む」
 そうこうしているうちに、ルーファウスの支度が終わったようだった。いつもの白いスーツに、黒いハイネック姿。髪もお決まりのように後ろに撫でつけていた。
誰もが知る、ルーファウス・神羅の姿だった。
「先に行く」
「鍵は」
「オートロックだから閉めれば勝手に鍵はかかる。けど」
「けど、なんだ」
「スペア持っているから。持って帰ってもいいぞ、鍵。」
「なんだそれ」
「解れよ」
 ふふ、と笑ってルーファウスは軽く手を振った。
「また連絡くれ。じゃあな」
 バタン、とドアが閉まり、そのあとオートロックのかかる音がする。セフィロスの手の中にはカードキーがあった。
主のいない部屋にセフィロスはひとり残されたが、寂しい気持ちは不思議となかった。
 
 
* * *
 
 
日常とかけ離れた生活をお互いしていた。初めて出会ったのは、神羅ビル内にある研究施設の一角だった。ルーファウスは父親に連れられていた。巨大なガラス張りのケースや、得体のしれない薬品類や機材。見たこともないモンスターたちが檻の中にいて、恐ろしい唸り声をあげていたのを覚えている。その中で、似つかわしくない一人の子供がいた。銀髪の少年。それがセフィロスだった。その時はあまり話をすることもなかったが。当時のルーファウスは彼も研究員の子供かなにかだと思っていた。今思えば、親に連れられた子供というルーファウス自身がイレギュラーであり、セフィロス自身は研究対象の一つだった。だが幼いルーファウスとセフィロスにそんなことはわかりもしなかった。
あれから十数年たち、一人は会社の役員として、一人は神羅を代表する英雄とまで持て囃される最強の兵士となった。しかし実際のところは偶像という役割を背負った人形だった。本来ならば、歳相当に学生生活を満喫するだとか、もっと遊びに出るだとかしていたことだろう。環境が違うと言ってしまえばそれまでだ。立場は違えども、お互い持つ感情は同じだった。周りには黒服の男たちや、白衣の研究者たち、神羅カンパニーという巨大な化け物にかかわる大人たちしかいなかったから。ルーファウスとセフィロス。二人が近付いたことは、何の不思議もなかった。世間でいう普通とは程遠い生活をしていることを悲しいと思ったことはないが、それでも寂しさは残る。
 
寂しさを埋めたいわけではない。
理解をしてほしいわけではない。
ただ、そこにいてほしかった。
上司だとか部下だとか。
あるいは立場だとか、環境だとか。
そんなものはどうでもよかった。
ただ、『友達』でありたかった。
真似事だとわかっていた。
それでもよかった。
深読みもされず、裏もかかれず、
単純に馬鹿話をして笑いあえるような友達でありたかった。
本当に、それだけだった。
 
 
* * *
 
 
「次に来る時には、豆も買ってこなければな……」
そう独り言を言うと、セフィロスはカードキーをスロットに差し込んだ。
 
 
 
【終】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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2012/05/05 (Sat) FF7 Comment(0)
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