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身体的欲求が最初の身振りを引き出し、情念が最初の声を引き出した。情念は人と人を引き付ける。最初の声を引き出させるのは、飢えでも、乾きでもなく、愛であり、憎しみであり、憐れみ。レヴィ=ストロースより引用
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2024/05/06 (Mon)
ルーファウス/ダークネイション/クラウド8637377_m.jpg
ダークネイションとの馴れ初めと、クラウドとも仲良くなりたい社長。

 
いぬのはなし
 
 
 
ゴン、ゴウン、ゴン、ゴウン……。
大きな機械の重低音が四六時中響く研究室。所は神羅ビル六十八階である。神羅カンパニーでは科学部門、治安維持部門、兵器開発部門、都市開発部門、宇宙開発部門があり、その中でも科学部門の一部研究室をこの神羅ビルの中に置いていた。現在の統括は宝条という男だった。古代種の研究や、モンスター同士を掛け合わせ新たな種類のモンスターを作るだとか、あまり声に出しては言えないような研究を行っていた。中央には半透明の実験サンプルを入れるケージが備えられており、その周りにはいくつもの機材と多くの白衣を着た研究者達が各々の席で端末を操作していた。
 プシュ、と圧の抜ける音がすると自動ドアが開いた。
機械の重低音と端末のキーボードを叩く音以外静かだった研究室が、突然騒がしくなった。研究室とは不釣り合いな革靴の音。研究者は皆立ち上がり、部屋の入り口を見た。
―――プレジデント・神羅。 
 軍人ではないため敬礼こそしないが、研究者たちは一同に頭を下げた。プレジデント・神羅、この神羅カンパニーの社長である。警護についている黒服、おそらくタークスの人間数人と、先導する白衣の男、宝条博士が社長を案内する。そしてもう一人。
―――子ども?
 集団の中でひとりだけ異質のものがいた。まだ子どもだ。そしてそれはおそらく、プレジデント神羅の息子であるルーファウス・神羅だろう。もうすぐ十歳になるはずだった。素人目からもわかる上等なブレザーにスラックス。カラーシャツにネクタイまできちりと身につけ、まさしく良家のご子息といった風情だ。柔らかい金髪に白い肌、青い瞳。全体的に色素の薄い彼は、まごうことなき美少年だった。しかし愛想笑いの一つも浮かべれば可愛らしいものだったが、少年は何を見てもただただ無表情に大人達の後をついて回るだけだった。賢いのだろうが、どこか不気味ささえ漂わせている。あれくらいの子供であれば、すぐさま走り回り、騒ぎだすに違いない。そう身構えていた研究員たちは予想とは外れ特別騒ぐわけでもないルーファウスの様子にある者は安堵し、またある者は不信感を持った。だが、みな共通していたことは、仕事を邪魔されることがないという安心感を感じていたことだろう。一人また一人と端末に向き直り、研究者達は再びキーボードを叩きだした。
社長を囲んで研究者数人が話しこんでいる間に、ルーファウスは段差を降り、部屋の隅にあるいくつかの檻の前に立った。一つの檻に一体ずつ、中にはモンスターなのか、それともこれからモンスターにされる予定の動物達が、数匹入れられていた。グルグルと唸ってはいるが、檻の中に手を入れなければ危険はない。それが分からないほどルーファウスも子供ではなかったので、一歩引いたところで檻を眺めた。
「……」
 いくつかある檻のうちの一つに、黒い毛玉のようなものが丸まっているのが見えた。よく見れば犬の様な、猫の様な、尖った耳。長い尻尾。とにかく四足の動物であることだけはわかった。体毛は薄そうに見える。まだ子どもなのか、体皮が余っているようにも見えた。
「ルーファウス、何をしている。行くぞ」
プレジデントがルーファウスを呼んだ。
「父さん」
「なんだ」
「父さん。ぼく、これが欲しい」
 ルーファウスは一つの檻を指差して言った。息子の発言に、プレジデントは周りに取り巻いていた白衣の男達の顔を見た。男達の顔には明らかな拒絶が浮かんでいた。
ふぅ、とため息をつく父親の姿をルーファウスは見逃さなかった。
「もうすぐ誕生日だから、プレゼントに何でも買ってくれるって。欲しいものを考えておきなさいって父さんは言ったでしょう。ぼく、これが欲しい」
「どれ、見てみようか」
 数段低くなっているフロアに降りてきて、ルーファウスの言う獣を見る。なるほど、まだ子犬のように見えた。子どもが欲しがりそうなのもうなずける。グルグルと大きな声で威嚇しているのは二つ隣の檻の動物で、ルーファウスがこれだという獣は静かに眠っているようだった。しかしこうして研究室の檻に入れられているということは、何か特別な動物なのか、あるいはモンスターなのではないだろうか。
「これは危険ではないのかね」
 他の研究者達が横に首を振る中、一人だけ首を縦に振るものがいた。
「かまわないだろう」
科学部門統括である宝条博士、この研究室の総責任者である。
「どうせそいつは出来そこないだ。このまま黙って処分されるだけだが、それを拾うというなら好きにしたらいい」
「危険ではないと」
「モンスターであることには変わりはない。なめてかかれば死ぬ」
「……」
プレジデントといえども、最愛の息子にねだられたからといって全ての駄々を聞くような父親ではない。扱いを誤れば死ぬというような獣と、次期社長になるだろうと期待をかけている息子を傍には置いておけない。
「ルーファウス。わたしは何でもとは言ったがな、それはだめだ。もっと別のものにしなさい。ペットが欲しいのなら、次の休暇に一緒にペットショップに行こう。そこで選びなさい」
 プレジデントならば、それこそ血統書つきの犬でも猫でも、何匹でも買い与えることが出来るだろう。世話をするのもルーファウスではない。可愛がるだけでいい。
プレジデントは宥めるように息子の肩を叩いた。これでこの話は終わりだ、というように。
「嫌だ。あれは僕のものだ」
「……ルーファウス」
 普段聞き分けのいい子どもの分、こうして頑なに言い張るルーファウスは珍しかった。何がそんなに気にいったのか分からないが、諦める気はないようだ。
「社長。こいつは攻撃力が思ったより出なかった失敗作だ。だがバリアとマバリアは使える。モンスターとしてはクズだが、護衛としてなら役にたつだろう」
 だるそうに一度背を伸ばすと、社長からルーファウスに宝条は向き直り言った。
「私が言ったとおりにすれば、飼いならすことが出来る。やってみるかね」
 ルーファウスは父親の顔を窺うと、プレジデントは仕方ないというように「宝条の話をよく聞いておけ」と言った。
 
* * *
 
 望みどおり、黒い獣はルーファウスのものになった。子どもといえども、神羅の要人である。より護衛を行えるように調整を行うとして、ルーファウスへの引き渡しは一週間後に決まった。その間、ルーファウスは『初めての犬』『子犬と仲良くなるしつけ方』といったペットの入門書を読んでいた。犬猫とは違うと言われても、参考になるものが何もなかったからだ。モンスターを飼っているような人物は身近にいなかったし、そもそもモンスターを飼うなどという好事家など、そう多くはない。研究所で見た時は小さかったが、いずれ大きくなることを見越して大型犬用のケージを用意した。これもそのうち小さくなってしまうだろう。
 約束の一週間後。
タークスの一人を連れてルーファウスは、神羅ビル六十八階にある研究室に再びやってきた。研究室には統括の宝条と、研究員が数人いた。
 ルーファウスは迷わず檻の前に進んだ。ガチャリ、と金属製の鍵が外され、檻から獣が出される。大きさは大人の男がちょうど片手で持てるくらいだ。担当の研究員の一人が獣の首の後ろ側を掴んで、見上げてくるルーファウスの両手にそっと乗せると、獣はすっぽりと収まった。
「わぁ……温かい」
「当り前だ、生きているんだからな」
「ありがとうございます、博士」
 宝条博士はふん、と鼻を鳴らし、ルーファウスに獣を引き渡すと、研究室の奥へと引きこもってしまった。元来子どもが好きではないのだろう。こういった態度をとる大人は多かったから、ルーファウスも特別何も感じなかった。ただ、宝条があの時父親に助言してくれなければ、この獣を手に入れることはできなかっただろう。だから感謝はしている。
「なんだ、これ」
 ルーファウスは獣の背中を撫で、そのまま尻尾の先まで指先を走らせた。
仮にもモンスターである。犬とは違う。その証拠に、以前は気づかなかったが獣の背中にもう一本尻尾のようなものが生えている。
「尻尾?」
 隣にいる研究員を見上げる。名前はマサキというらしい。胸元にIDカードと兼用の社員証がぶら下がっていた。
「いえ、触手の一種です。わたしたちの手のように使うことはできませんが、鞭のように打ったり、魔法を使ったりできます。もちろんルーファウス様に危害を与えることはありません。撫でる事はあるでしょうが」
 抱えている獣をまじまじと見るが、とてもそんなモンスターには見えない。ときおりルーファウスの袖に鼻先をこすりつけたり、見上げたりしたが、おおかたルーファウスの腕の中で大人しくしていた。
「へぇ……おまえ、すごいんだな」
「我が社の技術の結晶です」
 その結晶を廃棄処分にしようとしたのは誰だ、と思いながら、ルーファウスは獣を抱え直した。いくら子犬程度、といっても子どもが抱えるには限界がある。いよいよ我慢できなくなって、ルーファウスは足元に獣を下ろした。とたん、跳ねるように走り回ったが、今はルーファウスの足元でころころと転がっていた。本当にまだ子どもなのだろうと思う。獣の様子に、自然とルーファウスに笑みが浮かぶ。
「こいつの名前は」
「名前はまだありません。わたしたちは便宜上コードネームを使っていましたが、あなたのペットになるのですから自由に付けてくださって結構です」
「種別は」
「ガードハウンドという種別の中でもダークネイションと呼ばれるものです。今はまだ子犬ですが、大きくなれば黒豹ともつかない大きさになりますよ」
 ふぅん、と少し考えるようにルーファウスは腕組みをして獣を見つめた。
「そうだ。ルーファウス様、手を出して下さい」
「何をするんだ」
「こいつにルーファウス様の匂いを覚えさせるんです。頭のいい子ですから、一度覚えたら噛みついたり吠えたりしなくなりますよ」
 ルーファウスはマサキに手首を掴まれながらしゃがむと、おそるおそる指先を獣の鼻先に近付けた。すると獣の口からべろりと長いざらざらした舌が出てきて舐められた。ついでにルーファウスの鼻の頭も舐めた。
「っ」
 突然のことに声も出ない。
 驚くルーファウスに、マサキはくすりと笑った。
「あはっ、あははは!よし、決めた。お前は今日からダークネイションだ」
「名前を付けないのですか」
 すくと立ち上がり宣言するように言うルーファウスを、まだしゃがんでいるマサキは見上げた。
「名前なんて、そんなものどうだっていいだろう。こいつにはダークネイションという立派な名前があるのだし、呼びづらいならダークでもかまわない。名前なんて個々を識別するだけの記号にすぎないのだから。僕のダークネイションはこいつだけだから、ダークネイションでいい」
 ルーファウスは足元にいたダークネイションを抱きあげて言った。
「おまえもダークネイションでいいだろう、なぁ」
 わかったのか、わからないのか。ダークネイションと呼ばれた獣は触手をルーファウスの方へと伸ばした。
  
* * * 
 
 昔の話をしよう。ダークネイションが人を噛み殺した時の話だ。
それは仕方のないことだったのかもしれない。
 ルーファウスは日常的にダークネイションを連れていた。本社に行く時も、支社に出張する時も、あるいは休暇を取ってどこかへ出かける時も。ダークネイションはペットであると同時に、ルーファウスを守る警護要員の一人だ。ルーファウスに引き取られて六年が経った。子犬のようだった姿は見る影もなく、強靭な筋肉をまとった一匹の黒豹だった。ルーファウスは昔と変わらずダークネイションの喉の裏をよく撫で可愛がっていたが、ルーファウスの身内やタークスの面々以外は早々にはダークネイションには近づくことはなかった。その姿はモンスター以外の何物でもなかったからだ。またダークネイション自身もルーファウススが教えた人間以外には懐くことはなく、不審な人物がいれば容赦なく牙をむいた。。
ルーファウスが十六歳の時だ。神羅カンパニーの副社長に就任し、そう日が経っていない時だった。白昼堂々、神羅ビルで副社長の誘拐事件が起きた。珍しく、いつも一緒にいるダークネイションの姿はそこになかった。
「抵抗するなよ、小僧」
「さっさと連れて行け」
 一瞬の不意を突かれて、ルーファウスは反神羅組織の男につかまった。こめかみには冷えた銃口が押し当てられている。首には男の太い腕が掛けられ、暴れたならすぐに首をへし折られるだろう。抵抗したところでルーファウスに勝ち目はない。無意味に怪我をしても仕方ない。神羅にはソルジャ―もタークスもいる。ここは大人しく従い、助けを待つ方が賢明だ。歩く記号というように、真白なスーツをまとったルーファウスが、暴漢に言われるまま神羅ビルのエントランスに通じるエレベーターのスイッチを押した。エレベーターの扉が開いた途端、社員や取引先の社員、そして展示物を見に来た一般市民がルーファウスとその背後にいる男の姿を見て騒ぎ立った。
「全員動くなぁ!」
突如パン、と乾いた銃声が響いた。男は天井に向けて撃ったのだろう、怪我人は出なかった。相当の数の人間がいるにもかかわらず、エントランスはしんとなった。入口の外には暴漢たちの乗る車が横付けにされているのだろう。外からも複数の男たちがエントランスに乗りこんできた。どうせ男達の車もタークスに追跡される。目的を遂げぬうちに車の中で殺されてしまえばそれまでだ。だがルーファウスの誘拐は神羅カンパニーに男達の要求を利かせるための手段でしかないのだから、まず殺されることはないだろう。
 胸元にすっ、と腕をさしこんだタークスの姿を目の端にとらえると、ルーファウスは目線で「よせ」と合図した。自分とタークスだけならば構わないが、周りにいる一般市民に被害が出る事だけは押さえないといけない。
このままビルの外に連れ出されようとした、その時。
 物陰に隠れていたのか、急にダークネイションが男に飛びかかった。
「何だこいつっ!うわぁああああっ」
 突き飛ばされたようにルーファウスはエントランスの床に倒れこんだ。したたかに頭を打ち付けて、すぐさま起き上がれずに唸る。
「うぅ……」
「大丈夫ですか、ルーファウス様」
 男から解放されると、すぐにタークスのツォンが飛んできて、ルーファウスの身体をささえた。
「キ、キャーーーッ!」
エントランスに女社員の叫び声が響いた。すると固まっていた人々が蜘蛛の子が散るように四方八方に逃げて行く。ルーファウスがようやく身体を起こし、人々の流れとは逆の方向に目をやると、そこには血の海が広がっていた。今までルーファウスを拘束していた男の喉元をダークネイションが一噛みで食いちぎったのだ。
「ダークネイション!」
 ツォンが叫び、立ち上がる。ダークネイションはグルル……と低く唸り、次の獲物を狙っていた。おそらくエントランスに入ってきた男の仲間達だろう。
「あ、あ、あ……」
「た、頼む、殺さないでくれ。頼むから、そいつを止めてくれっ」
 おおかたの組織の連中共は逃げたが、腰を抜かしてしまった二人の男はエントランスの床に這いつくばったまま震えていた。
「ダークネイション!」
 もう一度、ツォンはダークネイションに止まるように名前を叫んだが、ダークネイションは全く止まる気配などない。それどころか、一歩、また一歩と男達に近づいていった。普段ならばタークスの命令もよく聞くダークネイションも、今日ばかりはまるで聞く耳を持たなかった。どうにかして止めさせようとして、ツォンはルーファウスに向き直った。
「ルーファウス様、ダークネイションを止めてください。このままでは」
「何故だ」
「えっ」
 何を言っているのか、とルーファウスを見つめるツォンを、ふんと鼻で笑う。ルーファウスは身体に楽な姿勢をとるために片膝を立て、立てた膝の上に腕を引っ掛けた。
「このまま見ていろ、ツォン」
「ルーファウス様!」
 じっと震える男達とじりじりと近寄っていくダークネイションをルーファウスは見つめていた。
「見ていろ、ツォン」
「ひぃいいい――……」
 黒い影が宙を舞う。男達の叫び声は最後まで響くことはなかった。
 
* * *
 
「何故、止めなかったのですか」
「まだ言っているのか」
 ルーファウスの誘拐騒ぎを一応収めると、ルーファウスとツォンは副社長室としてあてがわれている一室に戻ってきた。
設えてあるソファの上で、ルーファウスはダークネイションの喉の裏を撫でていた。ダークネイションについた男達の血液で、真白なスーツが汚れている事も気にせずに。ダークネイションと言えば先ほど暴れていたのがうそのように、大人しくルーファウスの膝の上に寝そべり、頭を垂れていた。撫でられて機嫌がいいのか、背中の触手はゆらゆらとゆれていた。
「私を襲った反神羅組織の人間だ。遅かれ早かれ、処刑されただろう」
「しかし」
「まさかお前、ダークを処分しようと考えているのではないだろうな」
 本音を言えば、その通りだ。あの時ダークネイションはツォンの命令を聞かなかった。今後また同じようなことがあった時、今回よりも酷い惨事になったらどうするのだ。犯人相手だったから良かったものの、一般市民を巻き込んだ場合はどうなる。今まで何度かルーファウスが危険な目にあった事はあったが、ダークネイションが今まで人を噛み殺すほどのことはなかった。成長して、モンスターとして目覚めたのか。やはり、元からモンスターをペットにするなど無理な話だったのだ。いつかこうなる日が来ると、ツォンは前々から思っていた。
「このまま命令を聞かないようであれば、処分されても致し方ないでしょうね」
「こいつの務めは何だったかな、ツォン」
「ルーファウス様」
「ダークは私の護衛だ。わたしは無事に守られた。それでいいじゃないか」
 なぁ、とルーファウスはダークネイションの背中をさすった。
「それにダークにわたしが止めろと言ったって、聞かないぞ。相手が私を放さない限り」
 たとえルーファウスが命令したとしても、そこに主の危機があるならば、ダークネイションは真っ先に主の身の安全を優先するだろう。そのように訓練されたモンスターだ。
「ダークは立派に務めを果たしたんだ。褒められることはしても、処分されるなんておかしい。だから叱ったりもしない。あいつらは当然の報いを受けたまでだ。ビルの清掃係には悪いことをしたと思っているがな。何なら特別に手当てを出してやってもいいぞ」
 ルーファウスはまくし立てるようにツォンに言い、その様子にツォンは溜息をついた。
「ルーファウス様。私は、あなた様の身を案じて申し上げているのですよ。あなたがいつかダークネイションに噛まれることもあ……」
 ツォンの言葉を最後まで聞かずに、遮るように言った。
「そんなことありえない。ダークは私の最高の友達で、最高のパートナーだからな!」
 
* * *
 
 ダークネイションは死んだ。目の前にいる男に斬り殺された。その現場をこの目で見た。なにせ、ルーファウス自身もこの男にバスターソードを向けられていたのだから。
 今から二年、三年前になるかもしれない。今でこそルーファウスとクラウドはこうして仕事柄付き合いがある関係になったが、当時は敵対関係にあった。神羅カンパニーの社長と反神羅組織アバランチの雇われ傭兵。絶対にわかり合えるはずのない相手と思っていたが、人の縁とは不思議なものだな、とルーファウスは思う。
「俺が殺した」
「そう、お前が殺した」
 ダークネイションのことだ。ダークネイションだけではない。クラウドには散々邪魔をされ続けてきた。魔晄炉、ウェポン、そしてセフィロス。たくさんの部下も殺された。今となっては酷い物言いをしたと思っているが、無能な上役達も殺された。だがそれはクラウド側とて同じことだろう。神羅も何度もタークスをけしかけたり、随分酷いことをした自覚はある。それでもこうしてお互い腹を割って酒が飲める間柄になったというのは、本当に人の縁というものは不思議なものだ。
 カラリ、とグラスの中の氷が回った。店はエッジにある小洒落た店だった。といってもティファの切り盛りする『セブンスヘブン』にいくらか毛が生えた程度の、ライフストリームが駆け巡る前ならば、ルーファウスがけして寄りつくことはなかっただろう店だ。帰りはクラウドが、ルーファウスを住まいのあるヒーリンに送り届ける約束になっていた。その約束は無理矢理ツォンにさせられたものだ。どうしても遅くなるようならば、セブンスヘブンに泊めることも。エッジの中にはホテルもあるにはあったが、どうせならセブンスヘブンで直接クラウドに護衛させた方が手間が省けるとでも思ったのだろう。ティファもいる。ルーファウスはツォンが過保護過ぎて困るとよく愚痴をこぼしていたが、これは過保護というレベルではないとクラウドは思った。箱入り娘か、深窓の令嬢か、嫁入り前の娘か、とにかくお姫様のような扱いだった。表舞台には立ってはいないとはいえ、仮にも神羅カンパニーの社長である。あながち間違ってはいないが、それでも二十歳半ばになった男に対してこの扱いはどうかと思う。女が出来たらどうするつもりなのか。デートの場所もセックスする場所も、全てタークスが御膳立てするのだろうか。するのかもしれなかった。我ながら自分の妄想にクラウドはぞっとした。
「別に、ダークのことは怨んでいないよ。あの時は仕方なかった。ああするしかなかった」
「死体は埋めたのか」
「死体なんてない。モンスターだもの。不思議なものだな、砂みたいに消えてしまった」
 あんなにずっとそばにいたのにな。身体の温かさも、獣特有の臭いも、鼻先の濡れ具合だって、全部覚えていたのに。一瞬で消えてしまった。
「死ぬ間際まで私にバリアとマバリアをかけてくれた。最後まで彼は、ダークネイションは私の最高の友達で、最高のパートナーだったよ」
 ルーファウスは懐かしむようにグラスを両手で包み、中に入っている琥珀色の酒を見つめた。
たしかに。大人ばかりの会社で、十五歳のころからお飾りだろうと『副社長』という地位を与えられてしまえば、友達なんて出来るはずなかっただろう。そんなルーファウスにダークネイションという一匹のペットがいてくれたことは幸いだった。
「……」
「クラウド。きみ、今、私に可哀想なことをしたって思っただろう」
「はぁ?なんでだよ」
 たしかに可哀想だと思ったが、ルーファウスのにやりとした顔で人の顔を覗きこまれたら、一瞬でも可哀想と思ったことにクラウドは後悔した。見目こそ良いが、このルーファウスという男は性格が最悪だと思う。やはり地位と財産がある人間は、性格が悪くなるというのは本当のような気がする。
「可哀想と思ったなら……そうだな。口を開け、クラウド」
 ずい、とクラウドの顔にルーファウスは腕を伸ばした。
「なんで」
「指をなめろ。匂いを覚えさせてやる。私の犬になれ。私が主人になってやる」
「誰がなめるか!」
 クラウドの過剰な反応に、ルーファウスは声をあげて笑った。
 
* * *
 
身の回りに同年代の友達などいないせいか、クラウドの反応はいちいち面白かった。『社長』『社長』と特別扱いしないのも、クラウドとティファぐらいだ。気安く話せる、一緒に酒も飲める。タークスの面々とも気安く話し、酒も飲めるが、やはり違う。自分らしくないかもしれないが、本当に友達になれるのではないか、と思う。
初めて会った時は「君とは友達になれないようだな」などと格好つけていたが、今度こそは本当に。
 
世界は変わった。
価値観も変わった。
敵も味方もない。
あるとすれば同じ目的のために働いている、それだけだ。
私達も、変わらねばならない。
ミッドガルの再建。
それは当初描いていた都市の姿とは大きく違ってしまったが。
恐らく親父が考えていたよりも、もっと素晴らしい街になるに違いない。
その為にはクラウドのような犬が必要だ。
タークス共々、協力してもらわねばならない。
そして十中八九、クラウドは断らないだろう。
根拠はないが、確信はあった。
 
クラウドの愛機であるフェンリルにまたがり、二人はエッジの街を爆音を立てて走り抜けた。
「おい、振り落とされるなよ」
「もっと飛ばしてもいいぞ!」
 爆音にかき消されないように大声で答え、ルーファウスはクラウドの腰にまわした腕をより強くした。
 
【END】
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2012/05/05 (Sat) FF7 Comment(0)
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