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身体的欲求が最初の身振りを引き出し、情念が最初の声を引き出した。情念は人と人を引き付ける。最初の声を引き出させるのは、飢えでも、乾きでもなく、愛であり、憎しみであり、憐れみ。レヴィ=ストロースより引用
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2024/05/06 (Mon)
S:Bの蕎麦シーンに大変萌えたので…。K初書きです。習作。尊礼ちゃん可愛いね!
サニーデイ ランチ



「ん」
「おや」
 気付いたのはほぼ同時だった。
 街中を歩いていて偶然、鉢合わせしたのだ。彼、周防尊と。お互い行動する領域は違うにもかかわらず、この広い都心の中で偶然出会ってしまう因果というものはいったいなんだろうと宗像は思う。会いたいと思うことも会わねばならぬ理由もないのに、時折こうして偶然出会ってしまうことが度々あった。
 立ち止まり、見つめあっていたのはほんの数秒だった。周防の腕が不自然に揺れた。視線を巡らせると、周防の脇に赤いひらひらとした服を着ている少女がいた。
 赤のストレインの少女、櫛名アンナ。
 彼女とは何度か顔を合わせていたことがあった。もちろん周防のいる前でだが。彼女の詳細な情報は旧セプター4に残されていたストレインの資料で知った。以前七釜戸にあったストレインの教育研究施設の極秘資料だ。彼女の家族構成についても能力についても情報の上では全て知っている。何のために彼女が重用されていたのかも。
 だが今は仕事ではない。彼女に関わる案件や事件があれば正規の方法で接触する。今はその時ではない。それは勿論目の前にいる周防尊に関しても同じだ。
「こんなところで何してんだ、お前」
「これから食事に行くところです。あなたは時計を持っていないのですか」
 時刻はちょうど午後一時を過ぎたばかりだった。
「あなた方は、何を」
「コンビニに昼飯買いに」
「……」
 ちら、と少女に目を向け、彼女に向かって宗像は口を開いた。
「こんにちは、アンナさん。一緒にお昼食べに行きましょうか」
「てめぇ、何言ってやがる」
「……うん、いく」
 周防の制止を含んだ言葉を聞いているだろうに、アンナは宗像の脇についと近づいた。
「アンナ」
「別に取って食いはしませんよ。今、悪い事はしていないでしょう、あなた達は。捕まえて欲しいならば別ですが」
 宗像には本当にアンナを捕まえようとする気はないのだろう。最も人の意思に過敏なアンナが大人しく宗像の傍にいる。いつも周防にピタリと寄り添って離れようとしない彼女が。アンナには判るのだ。
アンナの手を軽く握ると、宗像は歩き出した。行く先は決まっているらしい。
「なんでてめぇの顔見ながら飯食わなきゃいけねぇんだ」
「ついでですよ、ついで。あなたはともかく、子どものうちからいつもコンビニ食ばかりではいけません。子どもの面倒見るつもりなら、そういうところはきちりとしなさい」
「今日は草薙がいねぇから」
「そうですか」
 宗像とアンナが並んで歩き、周防が後ろからついていく。
「そういえばいつもの青い服はどうした」
 宗像はセプター4の隊服ではなくスーツに濃紺のコートを着ていた。一目で上等とわかる代物だが、宗像は肩肘張ることなく自然と着こなしている。だが隊服でないというだけで堅物そうな雰囲気は変わらないが、受ける印象は随分と違った。
「所用で出かけていたもので。隊服は仕事中だけです。隊服で街を出歩いていたら何か事件でもあったかと思われてしまうでしょう。不必要に圧力をかけるような行為もしたくないですしね」
 そんなことをつらつらと話しながら暫く歩いていくと、不意に宗像が立ち止まった。
「昼食は蕎麦でいいですか? 近くに美味しい蕎麦屋があるのです」
「そんなに金持ってねぇぞ」
「あなたに出させようと思っていませんから。初めから私が奢る気ですからご心配なく。さ、行きましょう」


* * *


 暖簾をくぐり、からりと音を立てて店の中に入る。昼食時のピークを過ぎたとはいえ、まだ店内は混み合っていた。「いらっしゃいませー!」と威勢のいい店員の声が響く。案内された四人掛けの席に宗像、宗像の正面にアンナ、そしてアンナの脇に周防という席次で座った。
「お前でもこういう店に来るんだな」
 蕎麦屋は大衆的なごく一般の店だ。時間帯のせいか、サラリーマンの姿が目立つ。
「私の事なんだと思っているのですか。来ますよ、普通に。部下を連れて飲みに出たりすることもあります」
「そりゃ御苦労な事だ」
 先に運ばれた茶を啜りながら、まったく心にもない事を周防は言った。
「アンナさんは蕎麦とうどん、どちらが良いですか」
「うどん」
 宗像は慣れた様子で天ざる蕎麦を二人前と、アンナの為にざるうどんを注文した。
「うどん? 蕎麦の方が美味いだろ」
「子どもには蕎麦はぼそぼそして飲み込みづらいものです。喉越し云々は大人の楽しみですよ」
「そういうものか」
 わからない、といった顔をする周防に宗像が聞こえるように溜息をついた。
「あなたの方が彼女のそばに長く一緒にいるのですから、それくらいの気を使いなさい」
「口うるさい母親みたいだぞ」
「誰が母親ですか」
 蕎麦はすぐに運ばれてきた。天ぷらは五品。海老天と、イカ天と、鱚、人参に季節のふきのとうが盛られていた。宗像はアンナの為に、自分の天ぷらの乗った皿から海老天を小皿に取り分けてやった。千切りの人参天ぷらはどうかと目配せをすると、アンナはふるふると首を振ったので宗像も無理強いはしなかった。子どもというものはおおかた人参が嫌いなものだが、アンナもそれに含まれるのがなんとなくおかしかった。
「ふきのとうの天ぷら、嬉しいですね」
 周防はといえばああ、ともうんともつかない声を出して、海老天をかじっていた。アンナは「いただきます」と小声だったがしっかりとあいさつしてから食べはじめた。その様子に宗像は目を細めると、自分も箸の先に山葵を載せた。
 ずっ、ずずーっと勢いよく蕎麦を啜る音が響く。だが二人分の音にしては、あまりにも静かだった。アンナはもともとあまり音を立てることはしない。訝しげに正面に座る宗像を見ると、すうっ……すうっ……とほとんど音を立てずに蕎麦を啜っていた。音をたてないで蕎麦は食えるものなのか……、と周防は宗像の食べる姿をじっと見つめてしまった。宗像も見られていることに気付いたのか、ん、と顔を上げた。
「なんです、不躾に私を見て」
「お前、蕎麦啜れないのか」
 宗像は少しだけ首をかしげて、不思議そうな顔をした。
「食べていますよ?」
「中で蕎麦とかラーメン食ったりは」
「しますよ。だから何なんです」
 蕎麦がのびます、と付け加えて宗像はまた音を立てずに蕎麦を口に運んだ。
「蕎麦の食い方っていうのは、音を立てるもんだろう」
この男は部下や仲間から言われたことはないのだろうか。
こうして食べるのだ、と見本を見せるように周防は宗像の前で音を立てて蕎麦を啜った。そしてお前のそれはまるで女の食い方だ、と言おうとしたが、止めた。
「だって、そんなに勢いよく啜ったら眼鏡に汁が飛ぶじゃないですか」
「ぶっ」
「なんです、笑うことないでしょう」
 少しむっとした顔で宗像は周防を睨んだ。
「お前、そんな理由で食えねぇのかよ」
「だから、食べていますって」
 宗像も解ってはいるのだ。人一倍作法や形式を重んじる男が、蕎麦の食べ方を知らないわけがないのだ。料理にはその料理に見合ったマナーがある。マナーを守らなければ、自分が恥ずかしいばかりではなく、周りの者も不快にさせてしまう。一般的に食事時に音を立てることははしたない事とされる。だが蕎麦は違う。
 宗像は食べ終わると、箸をそろえて手元に置いた。
「……やはり、まずそうに見えますか」
 軽くうなだれる宗像の蕎麦猪口に運ばれてきた蕎麦湯を足してやりながら、周防はいや、と答えた。
「別に、いいんじゃねぇの」
 何事にも完璧に見える室長様にも出来ないことの一つや二つあった方がいい。たとえそれが些細なことでも。
 アンナの食べ残したざるうどんを引きずって、周防が黙々と食べだした。ずるずると音を立てて食べているその姿を見て、宗像はそうですか、といって口元を緩めた。
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2013/03/27 (Wed) K Comment(0)
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