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身体的欲求が最初の身振りを引き出し、情念が最初の声を引き出した。情念は人と人を引き付ける。最初の声を引き出させるのは、飢えでも、乾きでもなく、愛であり、憎しみであり、憐れみ。レヴィ=ストロースより引用
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2024/05/06 (Mon)
春コミにて無料配布したものです。
善条×宗像です。
私は本気だ…!

善礼意外と御手に取っていただけてうれしい。
善礼好きな方お友達になってください。
未亡人美味しいよ未亡人。

haruzm.png
春の嵐



 グラウンドを走る隊員達の足音が遠くに聞こえる。おそらく今の時分は剣機の隊員達だろう。檄を飛ばす女副長、淡島世理の声が春の青空に高らかに響いた。
「善条さん」
 若い男の声だ。声で誰が来たのかはわかる。
庶務課資料室の入口で名前を呼ぶ男は宗像礼司、セプター4の室長その人である。ドアを開けると、開け放していた背後の窓からどうと風が通った。
「室長。連絡をくださればこちらから伺いましたものを」
ドアを開けた善条に宗像は軽く会釈をし、少しだけ口元を緩めた。
「一体何の用でしょう」
 善条の居城であるこの資料室に用事があるものなど、この屯所には滅多にいない。内勤の者でさえほとんど顔を出さない。必要なものは全て電子化データベース化され、隊員のもつ権限のレベルに応じて情報開示されているはずだ。それらは各々に配布されているタンマツ、あるいはデスクトップ型のタンマツで見ることが出来る。ここにあるものはさらに古い資料、紙媒体のものであるとか、永久保管が義務付けられている普段使わない資料がほとんどだった。
「用がなければ、来てはいけないのですか」
「いえ、そういうわけでは」
 クス、と室長が笑う。
 善条はこの宗像礼司という男に対して、どう扱ったらいいのか迷うところがあった。当然それは相手が年若くとも上司であり、青の王であるからなのだが。
 困っている様子なのがわかるのか、宗像がすみません、と切りだした。
「いえ、ね。美味しいお菓子をいただいたのですが、どうにも食べきれる量ではないので。お時間がある時にでもぜひ来ていただければと思いまして。茶ぐらいは出しますから」
 本当にそれだけか、と問いただしてやりたいが宗像の表情からは何も読み取れない。
「はぁ、では夕方にでも」
「何もなければ定時で上がりますから、少し早めに来て下さるとありがたいです。それでは」
用件だけ伝えると、宗像はそのまま去っていった。伝えるだけならば内線で十分だろうに。律儀なのか何なのか、よくわからない人だった。室長相手に立ち話をしてしまったな、と思いながらドアを閉める。机の上を見ると、先程窓から流れた風に運ばれてきたのか、グラウンドの端に植えられている桜の花びらが散らばっていた。よく見れば自分の着ている隊服にも花びらが貼りついてしまっている。善条は隊服に貼りついた薄紅の花びらを指でつまんだ。


* * *


「どうぞ、お待ちしていましたよ」
 十六時過ぎに宗像の執務室に向かうと、すでに宗像は部屋の左手、一段高くなっている茶室を模した畳敷きの場所で待っていた。隊服で窮屈ではないのか、正座をしていた。
 畳に上がろうとすると、「そのままで結構」と声がかかる。
「ブーツ、脱ぐの大変でしょう。どうぞ腰かけてください」
「すみません」
 慣れているとはいえ、ぴたりとしたブーツを脱ぎ着するのは少しばかり手間がかかるのは確かだ。許しが出たので端にどかりと座った。
「畏まった茶会でも何でもないのですから、どうぞ気を楽にしてください。それとも私が相手だと、あなたでも緊張しますか」
「いえ、そんなことは」
 宗像の様子をうかがうが、感情の読みとれない頬笑みを浮かべているばかりだ。宗像は善条から顔を逸らすと、準備していた茶器に手を伸ばした。
 細かな作法など解らない。だがその型にはまった動作は美しいものだと解る。道と名のつくとおり、茶道も剣道や柔道といった武道に通ずるものがあるのだろう。不躾にならない程度に、善条は宗像の迷いのない指先を見つめていた。ブン、と茶筅が茶碗に触れ合う音が心地よい。しばらくすると「どうぞ」という宗像の声とともに茶碗が差しだされた。
「いただきます」
 本当にここは室長の執務室なのか、と思うほど和やかな空気が流れた。宗像のたてた茶は濃い色だったが、思っていたよりも苦みは少ない。むしろ仄かに甘みさせ感じるものだった。驚いて口には出さないまま宗像の方をちらと見ると、「でしょう?」とでもいうように宗像はにっこりと笑っていた。
「先日良い抹茶が手に入ったので」
 それが味とどう関係するのかわからずにいると、宗像は続けて言った。
「石臼での茶葉の引きかたや季節によっても変わるといいますが、良いものは甘いのだそうですよ」
「抹茶とは苦いものだとばかり思っていました」
「皆さんそう思っていますよ」
 話している間に宗像は自分の分の茶をたて終えていた。変わらず淀みの無い動作は美しい。黙って宗像の動作を目で追っていると、宗像は三段になっている大きな菓子箱を取り出した。
「最中もよろしければどうぞ」
 箱から二つ取り出し、宗像は包装紙を剥いだ。準備しておいた小皿に載せると、宗像は善条の前に差し出した。上司にそこまでしてもらい恐縮するが、宗像は「気になさらないでください」と静かに笑うのみだった。
「これ美味しいですよ。中につぶあんと餅が入っていて」
 最中にかじりつくとたしかに真ん中に白いものが入っていた。美味い。
「でもさすがに三十六個入りは、ねぇ」
 十二個入っている一箱が三段。さすがに見ただけで胸やけしそうだ。
「おまけに賞味期限は一週間。もう困ってしまって。うちにあんこ好きの女がいますが、いくら好きでも一度に食べるのはよくありませんから。一日一個と決めているのです」
「それで私を呼んだのですか」
「あなたの所なら若い子達が出入りしているでしょう。それから庶務課の皆さんにも、どうぞ持っていってください。あぁ、それでもまだ余ってしまいますね」
どうしましょう、と零す宗像に、善条はふ、と息を洩らした。残りの最中を頬張ると、茶碗に残っていた茶を煽った。
部屋をぐるりと見回すと、いくつかの調度品が目についた。山水画の掛け軸、室長席の背後の絵画、そして花瓶。どれも美術品として一級の価値があるものだろうが、詳しい事は茶道同様わからない。それは善条の領域外の物事だ。これらの中で善条の気を引いたのは花瓶だった。その花瓶だけがどこか外れているような気がして、善条はテーブルにおかれた花瓶を見つめた。花瓶そのものは何も不思議なところはない。七宝焼の背の高い、深い紅色の花瓶だ。繊細な図柄も美しい。だが。
「あぁ、それはですね」
 善条の視線に気づいたのか、宗像が口を開いた。
「昨日、一昨日でしょうか。出勤したら飾られていましてね。おそらく庶務課のどなたかが飾ってくれたものだとは思うのですが」
 その花瓶には無造作に桜の枝が活けられていた。
 善条の感じた違和感は、その桜の枝にあった。花瓶に挿すには幾分太く、また長すぎるのだ。室長室においてどれも調和しておかれた家具の中にあって、ただ一つ調和を乱すもの。それがこの桜の枝だった。
「好意であるとは思いますが……。それでも桜の枝を活けるなんて、無粋にもほどがあります。桜は大地に根ざしたものを愛でてこそ。このように手折ってしまうなど、いけませんね」
 窓越しの淡い光を吸って、桜の花びらはほんのりと薄く色づいていた。確かに外で咲き乱れている桜と比べたら、色も香りも薄づきかもしれない。
 活けられた桜の枝を見ながら、そういえば、と善条は数日前の事を思い出していた。
「もしかしたら、それは日高達がしたのかもしれません」


* * *


 一昨日の事だ。どうどうと酷く風の強い日だった。
「ちわーっす、善条さんいますかぁ」
「……どうしたのだね、それは」
 グラウンドに面した窓から資料室を覗き込むようにして、声をかけてきたのは日高暁だった。後ろには楠原もいた。手には大きな桜の枝を抱えていた。
「訓練中に見つけたんすけど、桜の木折れてて。なんか可哀想だから飾ってやりたいけど、入れるもんもないし、どうしようかと」
 それでわざわざ枝ごと抱えてきたのだろうか。
 屯所の外周は桜並木になっている。開花の季節になると近くに住む住民が花見がてら、柵の外側をそぞろ歩く様子をよく目にした。だいぶ暖かくはなってきただが、桜が花開くまでにはまだ日があった。よく見れば、日高の抱えてきた桜の枝には、いくつもの濃いピンク色の、もう二、三日で咲いただろう花の蕾がついていた。
 折れた木材はそのまま可燃物として処理される。捨てられるには惜しい枝なのが、善条にもわかった。あいにくこの資料室には花瓶など洒落たものはない。庶務課の事務室にでも行けば女がいるから、花瓶ぐらい備品で準備しているかもしれなかった。仕方ないので吉野という女性隊員の名前を出し、聞いてみるといいと善条は伝えたのだった。


* * *


 そのことはそれきりで、善条は桜の枝の事などすっかり忘れてしまっていた。もしかしたらその時の桜の枝が、今室長室に飾られている桜の枝なのかもしれなかった。ならばバランスの悪い枝の太さや、長さも理由がついた。
 一昨日の出来事をかいつまんで宗像に伝えると、宗像は一瞬目を見開き、そして黙って聞いていた。
「そうですか、彼らが」
 微笑ましい彼らの様子が目に浮かぶのか、宗像の表情は柔らかい。宗像は正座からするりと立ち上がり、少し離れた花瓶の桜を眺めた。
「部屋の中での花見も、そう悪くないですね」



【終】
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2013/03/27 (Wed) K Comment(0)
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