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身体的欲求が最初の身振りを引き出し、情念が最初の声を引き出した。情念は人と人を引き付ける。最初の声を引き出させるのは、飢えでも、乾きでもなく、愛であり、憎しみであり、憐れみ。レヴィ=ストロースより引用
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2024/05/06 (Mon)
 


間に合わなかった善礼本の冒頭のみペーパー配布しました。
R18になる予定…善礼で…?
善礼で!!頑張ります…。
8月以降かもしれん、すまん…でもどうにか書ききりたいです…。
Rain Down On Me
 
 冷たい雨の降る晩だった。
 夜半過ぎから雪混じりになるだろうと、天気予報が言っていた。今もよく見ればみぞれが混じっているような雨だった。こんな天気に出歩くものなどいない。ましてや夜だ。月など見えるわけもなく、重く暗い雨雲から静かに雨は降っていた。 都内の中心部近くに屯所はあるというのに、周りはグラウンドや木が植えられていて敷地の中は酷く静かだった。車の走る音も聞こえない。
消灯時間間際、善条は隊員寮の浴場に向かった。ちょうどこの時間であれば、寮生活を送る隊員達は全員入浴を済ませているからだ。時折タイミングにずれた若い隊員と同伴する事もあるが、今日は終始一人だった。十名ほど入る事が出来る広い浴場だが、一度に所属部署ごとに大人数で入るのでこれでも手狭だ。しかし一人で入るとなると、広さばかりが目立つ。コン、風呂桶とタイルがぶつかる音が浴室に響いた。石鹸の泡を洗い流して湯船につかる。時折パラパラと雨が窓に当たる音がした。
そういえば、といつもの仕事場である資料室に残してきた猫の事を思い出した。とある事件の後、妙に懐かれ連れ帰ってしまった小さな黒猫だ。連れ帰ったことに対して最初は眉をひそめていた淡島も、今は黙認していた。薄暗い資料室に一匹で残されて寂しいだろうかと考える。普段ならば一匹で残してしまうが、今日はだいぶ雨が強い。怯えて資料室の中を荒らされたら困る。風呂の帰りに迎えに行き、一晩だけ部屋に泊めてやろうと決めると、善条は湯船から立ち上がった。

 
* * *

 
 資料室の鍵は庶務課で管理しているものと、善条が個人的に持っている鍵の二つがある。それには道場の鍵も一緒にぶら下がっていた。鍵が外れる音を聞いていたのか、ドアを開けると、暗闇の中から目だけを光らせた猫が、にゃあと鳴いた。善条とわかったのだろう、すぐに飛びついて来た。右腕で抱えると、定位置と言わんばかりに丸く収まった。鍵を閉め、ギシリと音の鳴る傷んだ廊下を歩く。この資料室は隊舎の最も古い建物の一つだ。廊下を抜けて早々に隊員寮に向かおうとすると、腕の中の猫がじっと窓の外を見ていた。
「うん? どうした」
 猫という生き物は、時折何もない空間に向かってじっと視線を向けていたりする事がある。だから、このときもよくある事だと無視してしまえばよかったのだ。廊下の窓から外を眺めても、ただ漆黒が広がるばかりである。方向は裏手にある庭に当たるが、誰かがいる気配はない。たしかに、冬だというのに天気予報では雷も鳴ると言っていた。物怪が出てもおかしくはない天気ではある。だが。
「クロ? 何かいるのか」
 問うてみても相手は猫である。ただ、にゃあとしか返さなかった。
 嫌な胸騒ぎを感じる。
得てしてこういうときの勘というものは当たるものだ。降りしきる雨の中、傘を差して善条は外に出た。風呂上がりの身体が冷えるとは思ったが、資料室まで出歩いた時点ですでに身体は冷えている。街灯だけがぼんやりと足元を照らしていた。辺りには、誰もいない。
と思ったが、いた。
人ではない、何か。
迷いこんで来た犬か。
あるいは化物か。
――鵺。
右手が腰に向かって自然と動いたが、宙を掴んだ。そこに愛用の大太刀はなかった。当然だ。今は隊服を脱いでいる。傘を勢いで放り投げてしまった為、雨粒は容赦なく善条の身体を叩いた。仕方なく雨に濡れて黒くなっている長い影に近づくと、それは紛れもなくセプター4の室長、宗像礼司その人だった。
「何をしているのですか、あなたは……!」
「あぁ、善条さん」
 今気づいた、とでもいうように宗像は善条に振り返った。空からは冷たい雨が降りしきり、宗像の隊服をぐっしょりと濡らしていた。気付かずに水たまりに盛大に飛び込んでしまったが、そんな事はどうでもいい。問答無用というように善条は立ちすくんでいた宗像の腕をつかみ、隊舎に引きずり連れて行った。

 
* * *

 
「あなた、いったい」
どういうつもりだ、と怒鳴るつもりだった。だが薄暗い廊下の電燈に照らしだされた宗像の顔を見て、はっと息をのんだ。宗像が憐みを覚えるほど悲壮な表情をしていたからだ。
水滴を垂らした髪。上着どころか、ベストや中に着ているシャツまでおそらく濡れている隊服。普段も白いが、冷えてさらに青白くなっている顔。かけるべき言葉が見つからない。だがこのまま一人にすることも出来ず、善条は悩んでいた。
「……部屋に、行きましょう」
 最初は宗像の部屋に行くべきかと思ったが、おいそれと勝手に入れるものではない。いくら隊員寮の私室とはいえ、たかだか一隊員である自分に見られたくない資料も多いだろう。行くところなど、この狭い屯所の中でどこにもない。結局、善条は宗像を自分の寮室に連れて行った。

 
* * *

 
 冷え切った身体を温める事がまず先決だ。先程入った隊員寮の浴室は、すでに消灯時間を越えているので使用できない。湯を沸かすボイラーも止まっている。とりあえず部屋に備えつけの狭い風呂に湯をはった。普段は隊員寮の浴場を使っているので、滅多な事がなければここは使わなかった。使えないわけではない。十分浴室が暖まった頃、宗像を風呂に放り込んだ。普段ならばけして行わない行動だった。だが宗像も黙って善条に従っていた。
「……あ」
 見返せば自分もびしょ濡れだ。箪笥からタオルを取りだして頭を拭いた。そういえば宗像を風呂に入れたはいいが、着替えらしいものなど何もない事に気がついた。着ていた隊服は案の定中までずぶ濡れで、とても着られるものではない。このまま一度クリーニングに出さねばならないだろう。仕方ないので大ぶりのバスタオルを箪笥の奥から引っ張り出した。そっと脱衣所を開けると、すりガラス越しに宗像の背中が見えた。余りに静かな為様子を伺っていると、ちゃぷ、と水音が聞こえた。その音に安心して、善条はバスタオルを置くと、脱衣所のドアを閉めた。
「にゃあ」
「ん」
 足元にクロがやってきて、善条を見上げていた。
「どうした」
 ひょいと抱えても、猫が喋るわけがない。くるくると丸い目がただ善条を見つめてくるだけだ。ただ、クロもどことなく緊張した空気をわかっているのだろうと思う。
 猫にしろ、宗像にしろ、今日は客が多すぎる……と善条は一つ溜息をついた。
しばらくすると宗像がバスタオルを身体に巻き付けて浴室から出てきた。部屋には上等な客人用の茶葉などない。簡単なティーバックで入れた緑茶を出すのも失礼かと思ったが、何もないよりはましだ。用意した席に宗像は大人しく座り、すみません、と小さく口を開いた。湯で温まったからか、宗像の顔は先程よりか幾分血行が良くなったようだった。しかしやはり白い。このまま何も聞かずに帰した方がよいのか、それとも、と逡巡するうち宗像の方から口を開いた。
「私は……、あなたに、なんて酷い事を」
何に対してか、どれに対しての言葉であるかわからなくて、善条は黙っていた。宗像は以前からそれが癖であるかのように、慇懃無礼だったり、遠回しな言い方であったり、人をわざと挑発するような言葉を使うところがあった。だがそれは相手から聞きたい言葉を引き出すための最短の方法であるからで、けして悪意がある為ではない。そして自ら発した言葉を撤回や謝罪する事もそうない。いつでも相手がどう反応するか、どう答えるかを二手三手先まで読んでいるような男だ。予想通りの回答をすれば眼鏡の奥で微笑み、そうでなければ予想を外れた事に対してまた喜ぶような男だ。それが随分気弱な態度を見せる。
「……、何を、していたのですか」
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2013/05/26 (Sun) K Comment(0)
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