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身体的欲求が最初の身振りを引き出し、情念が最初の声を引き出した。情念は人と人を引き付ける。最初の声を引き出させるのは、飢えでも、乾きでもなく、愛であり、憎しみであり、憐れみ。レヴィ=ストロースより引用
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2024/05/06 (Mon)
ainikuhyousi.pngセフィロス/ルーファウス
雨の降る夕方、喫茶店でぐだぐだ会話

 
あいにくの雨で

「最悪だ。これでは荷物が濡れてしまう」
 通りに面した窓から外をうかがって、ルーファウスは溜息をついた。
小雨だった雨は夕方からいよいよ強くなり、石畳へ叩きつけるように降っていた。窓の外は白く煙っている。車のライトが跳ね上がった水滴に乱反射して眩しい。
逃げ込むようにして入ったカフェは、同じように肩が雨で濡れた客で込み合っていた。窓際の角席に陣取り、とりあえずホットコーヒーを二つ、給仕の女に頼む。
 ぶつぶつと愚痴を言うルーファウスに、セフィロスはふん、と鼻を鳴らした。
「天気予報を見ていなかったのか?こんな天気の日にわざわざ店に行くからだろう。どうしても今日がいいなら、初めからオフィスに届けさせればよかったんだ」
「何を言っているんだ。試着してから買うのが当然だろう。店に出向かないなんて、無礼にもほどがある。彼は優秀なテーラーだからな」
 
 
* * *
 
 
新しくスーツを仕立てたのだといって、ルーファウスはセフィロスを連れ立ってミッドガル八番街にある高級ブティックが並ぶ界隈にやってきた。ラブレスの劇場にもほど近い。ルーファウスは迷わずある一軒の店の前に車を止めさせた。ルーファウスを車から下ろすと、セフィロスは近くにある地下駐車場に車を滑らせた。八番街はミッドガルの娯楽文化の中心である。だが近代的な街のわりに路上駐車するような車の姿も、電柱も電線も見当たらなかった。レンガ造りのそう高くない建物や、石畳が特徴的だった。景観を壊さないために、そういった生活の導線は全て地中に張り巡らされているのだ。
 カラン、とドアベルを鳴らしてセフィロスが店に入ると、新しい白いスーツを着込んだルーファウスが鏡を背にして立っていた。
「とてもよくお似合いですよ」
「どうだ」
セフィロスに見せつけるように、両手を横に伸ばしてくるりと回って見せる。長めにとられた裾がふわりと揺れた。
「いいんじゃないか」
「だろう」
 正直スーツの良し悪しなんてわからない。ただルーファウスが上機嫌だから、彼が気に入っているのだろうということは分かった。それぐらいだ。
 鏡の前でもう二、三度回ってみたり、腕をあげてみたりと試したのち、ルーファウスは店員の女に声をかけて別室へ姿を消した。
ルーファウスが別室にいる間、セフィロスは店の中をぐるりと見まわしてみた。商品の数はそれほど多くはない。これから引き渡すだろうスーツが、いくつかハンガーに掛けられていた。ほとんどがオーダーメイドの品なのだろう。それだけ上等な品を扱う店というわけだ。
暫くすると来た時と同じ、これまた白いスーツを着てルーファウスが部屋から出てきた。後ろにいた女に支払いのための小切手を渡し、ルーファウスは年輩の男と話しこんでいた。小切手には神経質そうな細字でサインが書かれていた。職人なのだろう男が何度もルーファウスに礼をするが、それをルーファウスは手のひらで制した。
「いつもすまないな。またよろしく頼む」
「ありがとうございました」
 カラン、と来た時と同じドアベルの音が鳴り、ドアが開いた。店の外で女はセフィロスに向かって紙袋を差し出すと深々と礼をし、店の中に戻っていった。思わずセフィロスも紙袋を受け取ってしまったが、あの女は自分がルーファウスの付き人か、護衛か何かだと思ったのだろうか。確かにルーファウスと比べれば地味な格好をしていたが、これでもセフィロスは日々紙面をにぎわす神羅の英雄なのだが。
「……」
 複雑な顔をして立つセフィロスに、ルーファウスはくく、と笑った。
「それ、大きいから。お前持っていてくれ」
「かまわんが」
 紙袋の中には大型の紙箱が二つ入っていた。白地に銀の文字で小さく店名が入っている。紙袋にはビニールが被せてあった。
「よく来るのか」
「最初は親父に連れられてきたんだが、最近は一人でも来るようになったよ。腕のいい職人がいるんだ。代々仕立て屋を続けてきたが、後継ぎがいないそうだ」
「どこも同じような話を聞くな」
「これ、仕上がるのに一カ月かかったんだ。あの店は私の好みをよく知っているから信頼している。無くなったら困るから、極力新しく仕立てる時はあの店を使っているのだが」
「そうか」
 八番街を歩くと、バラバラと雨が落ちてきた。今朝から降ったり止んだりを繰り返している雨だ。一斉に街を歩く人たちの傘が開く。傘を持たない者は慌てたように、走り出した。セフィロスとルーファウスは当然、傘など持っていなかった。通りに面した店のひさしに身を寄せて、空を見上げる。夕方から強くなると天気予報では言っていたように思う。
「どうする」
「とりあえずコーヒーでも飲んで、雨宿りしよう」
「わかった」
 顔を見合わせると、二人は目的の店に向かって走り出した。
 
 
* * *
 
 
 運ばれたコーヒーを啜りながら、窓の外を見つめる。ザァ、と雨の中を走る車の音がひっきりなしに聞こえる。店内も同じように雨宿りに入った客でざわついていた。ルーファウスとセフィロスは顔が世間に割れ過ぎている。普段ならば、けして入らないような店だったが、今日は特別だ。角席の事もあって、気づいているものもいるだろうが、騒ぐ者はおらず、それほど目立ってはいない。
「……」
「たまには、いいんじゃないか」
「そうだな」
 店の中には落ち着いたジャズが流れていた。何をするでもなく、人々の話声と雨音が、ただ心地よかった。
「何か食うか?」
 テーブルに備えられたメニューを開いて、ルーファウスが言った。
「俺はいい」
「そう?じゃあクラシックショコラ一つ」
 給仕の女を呼びとめてルーファウスは注文すると、メニューを元に戻した。
「お前、こういう店に来たことあるのか」
「初めてじゃないかな」
 テーブルにメニューが置いてある店なんて、来た事がない。おおかたテーブルに着いたときに給仕が持ってくるか、そもそもメニューなどない店ばかりだ。一般市民が出入りするような店など機会もない。それに神羅カンパニーの御曹司という立場上、防犯の上でもありえなかった。ハンバーガーといったファストフードも数えるほどしか口にしたことがない。あまり美味しいものとは思わなかったが。
「セフィロスは」
「まぁそれなりに」
 セフィロスは英雄ともてはやされても、地位は所詮ソルジャーでしかない。同僚や、部下達と飲みに繁華街へ出歩くことも多いだろう。セフィロスと話せば、チームを組むことが多いアンジールやジェネシスといった仲間と出かけた話を聞くことはよくあった。羨ましいという気持ちはないが、ルーファウスの知らない世界やルーファウスの知らないセフィロスがいるのだな、と当然のことなのに改めて気づかされた。
「今度連れて行こうか」
「お前がいれば、ツォンが許すかな」
 どうしても行きたいわけではないが知らないものを知りたい、見たことがないものを見たい、という好奇心はある。ルーファウスが外に出るためには数々の難関を突破しなければならないが。たとえばタークスの護衛やミッドガルの治安。いくら神羅兵士やタークスが警備を担当しているからといって、ミッドガルに本当に安全な場所などない。
「なに。ツォンが後ろから付いてくるさ。今日みたいに」
「はは、違いない」
 そう。今日だって、ツォンではないだろうがタークスのうちの誰かが尾行しているはずだった。逐一上司に報告をあげているのだろう。隠すつもりも逃げるつもりもないが、それでも監視されているというのはいい気分ではない。
「お待たせいたしました、クラシックショコラでございます」
 給仕の女が持ってきた白いプレートには、黒くてどっしりとしたチョコレートケーキが乗っていた。甘さを控えた生クリームが添えられ、お飾りにミントの葉が一枚乗せてあった。
「食べる?」
「いらない」
「ほら」
 フォークの先で三角形のケーキの先端を一口分切り分けると、ルーファウスはセフィロスの口元に突き出した。嫌々口を開いて、セフィロスはフォークと咥えた。
「甘い」
「だろうな」
「お前な…」
 しかめ面をするセフィロスを見てルーファウスはふふ、と笑った。
黙って口にフォークを運ぶルーファウスを見ながら、セフィロスはカップに口を付ける。雨音は相変わらず激しかった。止む気配はない。
「暇だな。これからどうする」
「セックスでもするか」
 軽口を叩いたセフィロスに向かって、ルーファウスは一瞬の間も置かずにフォークの先を向けた。
「言うな」
「ルーファウス?」
「冗談でもそういうことを言うな」
 大声こそ上げなかったが、ひしひしと怒りを感じる。ルーファウスの目が本気であることを訴えているのを感じて、セフィロスはすぐに謝った。 
「悪かったよ」
「嫌いなんだ、そういうの」
 神羅カンパニーの御曹司、そしてこの見てくれである。誰と付き合っているだとか、どこの組織と繋がりがあるだとか、つまらないゴシップはマスコミによってごまんと書かれた。いちいち潰していくのはきりがないので、三流誌などは野放しにしている。本当に重要な場合は、記者がネタを掴む前にタークスが初めから潰している。噂のうちにはいくつかの真実もあっただろうが、それでもほとんどが根も葉もない造られた話だった。下品なからかいも慣れている。ルーファウスは気にするほどやわではないが、それでも聞きたくない話と言うのは自然と耳に入るものだ。
 それにどんなに場慣れしていても子どもだ。神羅カンパニーの『副社長』という重い看板を背負ってはいるが、ルーファウスはまだ十五歳になったばかりの子どもだった。そういったことには一番過敏な年頃だろう。
 自分が十五歳の時は何を考えていただろう。セフィロスは思い返してみたが、訓練に明け暮れていた事ばかりで、他には何も浮かばなかった。ソルジャーの中で稀にみる逸材が出てきたと、巷で騒がれ始めた頃だろうか。周りは騒ぎたてたが、セフィロス自身は何も考えてなかったように思う。ただ与えられた任務を淡々とこなしていただけだ。それは今でも変わらないが。当時はカンパニーと研究所と訓練の往復が全てだった。今でこそ仲間と外に飲みにいったりしているが、ルーファウスにはそんなプライベートさえ許されていないのだろう。
「なぁ、ルーファウス。お前何を考えている」
「別に、何も」
「何も?」
「そう。何も」
 まだ話す時が来ていないのだ―――。
ルーファウスの目は暗にそう言っていた。
細い指先を唇に滑らせるのは何か考え事をしている時の癖だ。それなのに何もないと言うのは、そういうことなのだ。
今日だって、ルーファウスが許された時間はごくわずかだったはずだ。普段なら付き人兼護衛としてタークスが傍につくだろう。それをセフィロスに護衛させるなんて、タークスにはなんと理由を付けたのだろう。あいにくの雨のせいでこうしてカフェにいるが、別に仕立て屋の用事がすんだらそのまま帰ってもよかったのだ。ルーファウスはわざと帰りを遅くしたいかのように時間を潰しているのは、帰りたくないからなのか。帰りたくないとわがままを言ったところでそんなものは通用しないと知っているから、これはルーファウスのささやかな反抗なのだろうか。
 唇を撫でていた指先を外すと、ルーファウスはセフィロスを見つめた。
「なぁ、セフィロス。私の役に立て。私の役に立つ男であれ」
「何だ、いきなり」
「お前は結局親父のものだからな。会社と親父のものだ。私がどうこう出来ない。私には何の権力もない。今はまだ、所詮お飾りの『副社長』だよ。だから」
「だから?」
「私が本当の意味で、『ルーファウス・神羅』となった時、神羅の権力を手にする時がきたら、協力してくれるか。会社のために……いや、私のために。私は君の才能を買っている。傍に置いておきたいんだ。タークスでもなく、他のソルジャーでもなく、君を置いておきたいんだ」
 黙って好きだと言えばいい。素直に傍にいて欲しいと言えばいいのだ。今日だって、これからだって。何かと理由を付けなければ、言えやしない。ただそれだけだ。それでも精いっぱいのルーファウスの告白を、セフィロスも笑わずに受け止めてやる。
「そうだな。俺がお前に力を貸してやると認められる男になっていたらな」
「……わかった。ならば私も本気出さないといけないな。せいぜい野たれ死ぬなよ、セフィロス」
「誰が」
ルーファウスはその回りくどい言い方を止めた方がいいな、それからもっと笑うといい。雨もだいぶ小雨になったようだ。道路を走る車の音が静かになっていた。
二人はカフェの席を立ちあがった。
 
 
* * *
 
 
「車回してきてやるよ」
「いい。歩く」
カフェを出ると、通りには濡れた傘を提げる人々でいっぱいだった。雨が小雨になったために一斉に外に出てきたのだろう。今日はこれからもいつ天候が崩れるかわからない為か、人々の通りを歩く歩みは速い。
「泥が跳ねるぞ」
「いい」
 セフィロスが車を置いた地下駐車場まで暫く歩いた。歩道には大きな水たまりがいくつかあった。それを避けるようにセフィロスがルーファウスの腕を引くが、どうしても泥水が跳ねあがる。せっかく上等な白いスーツなのに、裾が濡れてしまった。雨に濡れるのも嫌だと言っていたのに、泥跳ねはいいのか。
セフィロスの腕をすりぬけて、ルーファウスは一歩先を歩いた。飛び跳ねるようにして水たまりを飛び越える。
パシャン。
 後ろ足が半歩足りなくて、盛大に水しぶきを上げた。夕暮れの光が水面に映ってキラキラと輝く。
「はははっ」
「ルーファウス!」
 呼びとめられてルーファウスが振り返り、立ち止まる。ふわりと広がる、汚れた白いスーツの裾。ルーファウスの金髪がオレンジ色に染まって眩しい。目がくらむ。片目を細めてルーファウスを見つめるが、ルーファウスはセフィロスを通りこしてずっと遠い場所を見つめていた。
「あぁ。見てみろ、セフィロス」
 ルーファウスは空を指差した。
普段はスモッグのせいで曇りがちで、空など見えもしないのに。
「ほら、雨も上がったぞ―――」
ビルとビルの合間に高くそびえる神羅ビルを背に、ミッドガルの空には焼けるような夕焼けが広がっていた。
 
 
 
【終】
 
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2012/05/05 (Sat) FF7 Comment(0)
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